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山崎警部と妹の日常  作者: AS
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女神の選択6

「いやぁ。まさかたまたま伺ったお宅が、あの芦田先生のお宅だとは、すごい偶然もあるものですね」

「いやいや。しかし、君たちも災難だったな。しばらくゆっくりして行きなさい」

「ありがとうございます」

 芦田邸のリビングに通された山崎とエリナは、ほぼ同時にお礼を言い、ソファに座っていつの間にかトイレから出て来ていた美枝の入れたお茶を口に運んでいた。

「しかし大きなお宅ですね」

「二人暮らしなのに変だって思うでしょう?私はもっと小さいお家でいいって言ったのに、この人が聞かなくって」

「男なら一度はデカい家に住んでみたいじゃないか。それにこの歳になると他に金の使い道もなくてね」

「だからってねえ。ほとんど使ってない部屋もいっぱいあるのよ」

 笑顔で話す芦田夫妻に、山崎とエリナも思わず微笑んだ。

 芦田が玄関に出たとき、山崎とエリナはその顔に見覚えがあった。そしてすぐにその人物に思い当たった。今目の前にいるのは、他でもない、あの世界的に有名な日本人画家、芦田雲照その人だったのだ。二人が物心ついた頃から、テレビや雑誌などで何度もその顔は見たことがあった。

 二人が芦田に事情を話すと、芦田は笑顔で二人を迎え入れ、もてなしたのだった。

「ガソリンスタンドなら、ここからだと一番近くても山を降りなきゃ無いな。まあ、電話すれば三十分ほどで来てくれるだろう」

「本当ですか。それは良かった」

 芦田の言葉に山崎とエリナが安堵していると、美枝がテーブルにお茶菓子を持って来た。

「ごめんなさいね、こんなものしか無くて。若い方にはあんまりお口に合わないかしら」

「いえそんな。どうぞお気遣いなく」

 遠慮するエリナに対し、美枝は笑顔で「美味しくなかったら残してもいいからね」と優しく言った。

「じゃあ、お言葉に甘えて」と言って山崎とエリナはお茶菓子に手を付けた。

「あなたはビールでいいかしら?」

「いや、いい。俺にもお茶を」

「そう」

 美枝は少し不思議な顔をして、夫にお茶を持ってきた。

 四人で取り留めもない話で盛り上がっていると、「そうだ!」と、突然美枝が何か閃いたように声を上げた。その場にいた美枝以外の三人が少し驚いた顔を見せると、美枝は芦田に向かってあることを提案した。

「ねえあなた。今夜のパーティ、山崎さんたちにも来て頂いたら?」

「え?」

 美枝の提案に、芦田は少なからず動揺した。「パーティ?今日何かあるんですか?」

 エリナの質問に美枝が答える。

「ええ。お二人は画家の野崎大輔さんってご存知?」

「ああ!野崎先生ってこの間テレビに出てた。若くてイケメンの先生ですよね!」

「そうそう!その野崎君がね、今度、国際展覧会っていう大きなところで絵が飾られることになってね、そのお祝いのパーティがあるのよ」

「国際展覧会?」

 山崎が尋ねた。

「ええっとね、国際展覧会っていうのは、何て言うか…」

 上手く説明できない美枝を、芦田が引き継いだ。

「五年に一度、世界中から優れた絵画を集めて展示する催しだよ。簡単に言うと、画家にとってのオリンピックみたいなもんだな。選出されるのは一国から一人というルールがあってね、今回は野崎君の作品が選ばれたんだ」

「へえ。そんなものがあるんですね。知りませんでした」

 と、そのときエリナが声を上げた。

「え!?ていうことは、野崎先生もいらっしゃるってことですか?」

 答えたのは美枝だった。

「ええ、そうよ」

「え!?野崎先生に会えるんですか!?是非会いたいです!」

「やっぱりそうよね!?野崎君、テレビで見るより本物の方が断然カッコいいのよ!」

「そうなんですか!?」

 まるで女子高生のようにはしゃぐ美枝とエリナを見て、山崎と芦田は少し呆れた表情を見せた。そして、興奮している様子のエリナに、山崎が声をかけた。

「東堂さん。さすがにそれは申し訳ないですよ。我々は部外者なんですから」

「えー。でも…」

「これ以上はご迷惑ですから。車が動くようになったら早めに帰りましょう」

「…分かりました」

 そのとき、二人の会話に美枝が割り込んできた。

「迷惑だなんてとんでもないわ。人は多い方が楽しいもの。ねえ、あなた。いいでしょう?お二人にも来てもらいましょうよ。せっかくのご縁だもの」

「え?あ…」

 芦田は迷っていた。この二人を今日のパーティに参加させてもいいものだろうか?今夜の計画を成功させるには、パーティの参加者は少なすぎても多すぎてもいけない。今の参加人数がちょうどいいのだ。しかし、このいかにも害の無さそうな二人が急遽加わったところで、自分の立てた計画が崩れるようなことはないはずだ。何度も計画を練り直し、繰り返しシミュレーションも行った。何も問題はない。この二人を無理矢理追い返すこともできるだろうが、その後に事件が起きたなら、自分のその行動が不審に思われる可能性がある。「可能性がある」という程度なのだが、芦田の完璧主義な性格は、計画を失敗させる可能性のある要素を少しでも含ませるのを嫌がった。

「ああ。構わないよ」

「良かった!東堂さん、山崎さん。今夜はここで心置きなくパーティを楽しんで行って」

「ありがとうございます!」

「本当にいいんですか?」

 まだ遠慮がちな山崎に、美枝が念を押した。

「パーティの主催者で、我が家の長が許可してるのよ?いいに決まってるじゃない」

「主催者?芦田先生がこのパーティを?」

「そうよ。この人が野崎君を祝いたいからって」

「おい、やめなさい」

 芦田が照れたように美枝を制した。

「そうなんですか。分かりました。では、お言葉に甘えて、我々も今夜のパーティに参加させていただくことにします」

「ええ。是非」

「あ、あとーー」

「はい?」

「私の名前、『やまざき』ではなく『やまさき』なんです」

「あら。ごめんなさいね」

「いえ。まあどちらでも構わないんですが」

 いろんな人間と関わることが好きな性格の美枝は、二人の追加参加者に心から喜んだ。その横で、芦田は引きつったような笑顔を見せていた。

 今夜の計画はこれまで何度もシミュレーション済みだ。多少のイレギュラーがあったところで何も問題はない。芦田は頭の中で何度もそう繰り返した。

 しかし、このときの判断を、芦田は後々後悔することになるのだった。

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