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山崎警部と妹の日常  作者: AS
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女神の選択5

「もう!山崎さんが近道知ってるからってカーナビ無視して来たのに、何でこんな山の中にいるんですか!?」

「いやぁ。面目ない」

 とある山の中。黒スーツの若い男と、Tシャツにスキニージーンズを履いた若い女が、何か言い合いをしながら歩いていた。言い合いと言うよりは、どちらかといえば女の方が一方的に男の方を責め、男はただただ「申し訳ない」と大して反省しているようにも見えない顔で繰り返すだけだった。

「せっかくの休みだったのに。この埋め合わせはそのうち絶対してもらいますからね!」

「分かりましたから、もういい加減許してくださいよ、東堂さん」

 東堂エリナは既に一時間以上同じことで山崎に怒り続けていた。

 そもそも二人は今日、珍しく同じ日に非番だった。そこで山崎は、エリナをある場所へと誘ったのだった。(このとき、エリナが山崎からデートに誘われたと勘違いし、少なからず胸の鼓動を速くしたのは、決して本人の口から漏らすことはなかった)

 山崎がエリナを誘った先は、都内近郊の、あるマンションだった。そこの一室に一人の女性が住んでおり、山崎とエリナは彼女に会いに行っていたのだった。

 彼女はかつて競技かるたの選手であったが、自分とライバル関係にあった相手を、その人物がいては自分がクイーン(日本一かるたの強い女性)になれないと悟り、殺めてしまったのだった。山崎とエリナは、その事件を担当し、彼女を逮捕していた。

 しかし、彼女が犯人であるという最大の証拠が、彼女の腕についた痣であり、彼女が検察に身柄を拘束される頃にはそれがすっかり消えてしまっていたのだった。そのため、彼女は嫌疑不十分で不起訴処分となり、晴れて自由の身になっていたのだった。

 その知らせを受けた山崎は、誰も知らないうちに定期的に彼女に会いに行っていた。運転免許証を持っていない山崎は、いつもは電車やタクシーを使って一人で会いに行っていたのだが、交通費が馬鹿にならないことと、たまたまエリナと非番の日が同じだったため、今回はエリナに覆面パトカーを運転させて、彼女の元へ赴いていたのだった。ちなみに、覆面パトカーを私用で乗ることはもちろん許されていないが、今回は過去の事件に関係していることと、山崎とエリナのこれまでの実績を考慮して、使用を許可してもらったのだった。

 しかし、行きは何事もなく辿り着いたものの、帰りに突然山崎が「近道を知っている」と言い出し、運転手のエリナにカーナビとは真逆の道を指示し始めた。エリナは半信半疑ながらも、山崎を信用して彼の言う通りに車を進めていたが、案の定道に迷い、見慣れない山の中に入り込んでしまった。さらに追い討ちをかけるように、山中でガス欠にまでなってしまい、仕方なく二人で車から降り、ガソリンスタンドか、誰か助けてくれそうな人を探すことにしたのだった。

「ところで山崎さん。彼女に会いに来たの、今回で何回目なんですか?」

「え?何ですか、急に」

「だって、久しぶりに会ったら、山崎さんと彼女、とっても仲が良さそうだったんですもん」

「そんなことありませんよ」

「そんなことありますよ。会話の途中で急に二人だけ黙って、アイコンタクトというか、目だけで意思疎通してる時間が何度もあったじゃないですか。私、ちゃんと気付いてたんですからね」

「そんなんじゃありませんよ。たまたま目が合ったのが何度かあっただけですよ」

「まあ、山崎さんはそのつもりなんでしょう。山崎さんはね」

「それはどういう意味ですか?」

「さあ。ご自分で考えてください」

 山崎は気付いていなかったが、エリナは山崎と彼女の会話を側で見ていて、すぐに気が付いた。何度も目が合うということは、二人のうちどちらか、もしくは両方が、お互いをよく見ているということだ。そして、エリナが観察したところでは、山崎は彼女のことを特別意識しているようには見えなかった。しかし、彼女の方は、山崎が彼女を見ていないときでも、ずっと山崎から目を離さなかったのだ。

 この様子を見れば、エリナでなくても分かる。彼女は山崎に対し、少なからず好意を抱いている。そして山崎は、そのことにおそらく気付いていない。いや、気付くような男ではない。

 現状、山崎に思いを寄せている女を、エリナは二人知っていた。だが、一人は山崎の実の妹で、もう一人はまだ高校生だ。現実的に山崎と恋人にはなり得ない。しかし彼女は別だ。彼女は山崎と歳も近く、話や性格も合う。何より美人だ。山崎と彼女が連れ立って歩いてるのを見れば、誰もがお似合いのカップルだと思うだろう。もし山崎が誰かと恋人関係になるなら、彼女こそが最も現実的だった。

 エリナは、そんなことを考えていると、胸がキリリと痛むのを感じた。エリナはその原因を考えてみたが、結局分からなかった。山崎が原因などということは、まさかあるまい。エリナは、山道を歩き続けて疲れが出たのだろうと結論づけた。

「あ!」

 と、山崎が突然大きな声を上げた。エリナは驚いた顔をして、山崎の方を見た。

「何ですか、急に。びっくりするじゃないですか」

「東堂さん。あれ、見てください」

 そう言って、山崎は山道の向こうを指差した。エリナがその指差す先を見ると、そこにはおよそ山の中には似つかわしくない、大きな豪邸が建っていた。「わあ!」と、エリナは思わず驚嘆の声を上げた。

「すごく大きなお屋敷ですね」

「ええ。ここならきっと助けてもらえますよ、東堂さん」

「だといいですけど、とりあえず訪ねてみましょうか」

 そう言って屋敷に近付くと、山崎は自然とエリナの後ろに下がり、エリナに追従するように歩いた。それに気付いたエリナが山崎の方を振り向くと、山崎は「面倒な交渉はお願いします」と顔で語っていた。

「元はと言えばあなたのせいでこんなことになっているのに、この人と来たらーー」と、エリナは少し苛立ちを覚えたが、こういうことにいちいち腹を立てていると、山崎とのコンビはやって行けないことを既に知っていた彼女は、観念して屋敷のインターホンを押した。

「ピンポーン」という聞き慣れた呼び出し音が聞こえ、少しして玄関のドアが開いた。

「はいはい。どちら様」

 ドアを開けたのは、男性の老人だった。この老人に、山崎とエリナは既視感を覚えた。


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