泳ぐ女10
プールを出た後、山崎、カオル、エリナの三人は、OSCのミーティング室で、小プールで練習していた選手やコーチたちを一人ずつ呼び出し、話を聞いていた。
麻帆の人となりや、昨日の麻帆の言動、一人一人のアリバイなど、様々なことを聞いているうち、カオルは飽きてしまったのか、部屋の後ろの方の机に突っ伏して寝てしまった。
やがて午後五時になり、練習が終わる時間になった頃、聞き込みが終了していない人間も残り一人となっていた。
「あと一人ですね」
「そういえば、ここの練習は五時に終わるんですよね」
「ああ、そういえばそうでしたね」
練習が終わる時間は、聞き込みの中で聞いて知っていた。
「あと一人は、僕が単独で話を聞きます」
「え? あ、はい…」
エリナは一瞬困惑したが、山崎はいつも理由を言わずによく分からない行動を取る。しかし、その行動が間違っていたことは、エリナが知る限り一度も無かった。むしろ、犯人逮捕に大きな意味を持っていることがほとんどなのだ。それを知っているので、エリナは特に反論することはなかった。
「東堂さんは、今日はもう帰ってもらって結構です」
「分かりました」
「あ、その前に―」
「はい?」
「その荷物、貸して頂けますか?」
山崎は、エリナの持っている大きなキャリーバッグを指差して言った。
「ああ、そういえば、そんなことおっしゃってましたね。どうぞ。早めに返してくださいよ?」
「はい。明日には返します。おい、カオル。行くぞ」
山崎が一声かけると、さっきまで寝息を立てていたカオルが飛び起き、あっという間に山崎の腕に抱き付いた。
「もう! 遅いよ! 待ちくたびれちゃった!」
「悪い悪い。別に帰ってもよかったんだぞ?」
「だって、お兄ちゃんと離れるの嫌なんだもん!」
「全くお前は…」
山崎は呆れたような顔をしながらも、その中に微笑のようなものが見えた。それを見たとき、エリナは、自分の上司を心底気持ちが悪いと思った。自分の仕事現場に無関係な妹を連れて来るだけでも異常なのに、それどころかこの男は、部下の前でその妹とイチャイチャしている。どう考えても常軌を逸している。
エリナはキャリーバッグを山崎に渡し、そそくさとミーティング室を出て行った。山崎のことは尊敬しているが、好きにはなれない。エリナはそれを痛感していた。