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山崎警部と妹の日常  作者: AS
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泳ぐ女5

 午後九時。千鶴は自分の部屋にいた。

 つい数時間前の一件以来、千鶴は頭の中が真っ白になっていた。OSCからここまでどうやって帰って来たのかもよく覚えていない。

 静寂だけが包む部屋の中で座り込む千鶴の頭の中を支配していたのは、虚無だった。

ミーティング室で淡々と語る麻帆。その後ろで土下座をする大木。去り際に麻帆が耳元で言った言葉。それらがぐるぐると千鶴の頭を回り続けていた。

千鶴は少し落ち着こうと、台所に立って冷蔵庫から麦茶を取り出し、コップに注いで飲んだ。麦茶を飲み干したとき、やっと千鶴は頭の中が整理できてきた。そして浮かんできたのは、途方もない憎悪だった。

千鶴はこれまで、競泳で一番になりたいとか、周りを押しのけてでも上に上がりたいなどと考えたことはなかった。自分が楽しく泳げていれば、それで満足だった。

ただ、今回は勝手が違った。あの神崎麻帆という女にだけは負けたくなかった。あんな女に、オリンピックはおろか、選手権大会の舞台さえ踏ませる訳にはいかない。あの女の行為は、誰よりも泳ぐことを愛する千鶴への冒涜だった。大会への出場権を、他の誰に奪われたとしても、あの女にだけは奪われる訳にはいかなかった。

そのとき、千鶴にある考えが浮かんだ。千鶴のこの選択は、他人が見れば「何を馬鹿なことを」という一言で片づけられるようなものであろうが、千鶴本人にとっては大真面目に考え、選んだものだった。

千鶴は、自分のスマホを取り出し、ある人物へ電話をかけた。電話はすぐに繋がった。

「もしもし、由利ちゃん? お疲れ様。今いい? …良かった。あのね、明日なんだけど、練習終わりに、ご飯にでも行かない? 洋子ちゃんも誘って。…うん。選抜漏れ組で、慰安会でもしましょうよ。…本当? 良かった。じゃあ、明日、練習終わりにいつものお店ね。…うん。じゃあね。おやすみ」

 別れの挨拶を言って、千鶴は電話を切った。

 スマホをテーブルに置いた後、今度は部屋の隅に置いてある洋風箪笥の小物入れから、黒い四角い物体を取り出した。千鶴はその物体をしばらく眺めた後、自分の鞄の中に入れた。これで準備は整った。千鶴は、興奮する胸を押さえてベッドに入った。

明日は忙しくなる。今日は早めに寝て、ゆっくり体を休ませることにした。千鶴は目を閉じて、暗闇の中で明日の計画を頭の中で何度も反芻していた。


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