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山崎警部と妹の日常  作者: AS
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譲れない女5

 夜中の二時前ということもあり、この時間に駆け付けて来た警察は少なかった。その一人が東堂エリナである。少し明るいショートカットに黒縁の眼鏡がよく似合う。どちらかといえば丸顔のその容姿は、幼くも見えるが美人でもある。スカート型のスーツは色気さえ感じさせた。彼女を知らない人が彼女のことを見れば、まさか主に殺人事件を捜査する捜査一課に所属する刑事だとは思わないだろう。

 ただ、驚くべきはこれだけではない。今このマンションの一室には、エリナの他にもう一人、とびきりの美人がいた。それが、さっきから部屋中の指紋やら何やらを調べている小倉マイコである。彼女はエリナとは対照的で、どちらかといえば大人の色気を醸し出すような女性である。後ろでくくられた黒く長い髪は、マイコが動くたびに右へ左へと揺れ動く。そのたびにマイコの周りに漂うフレグランスの香りは、そこにいる人々に仕事の煩わしさを忘れさせた。

「あれ? 今日って東堂さんだけ?」

「いえ。山崎さんも来るはずなんですけど。おかしいですね。さっき電話したら、もうこっちに向かってるって話だったんですけど…」

 山崎というのは、エリナの直属の上司にあたる人物である。いろいろと問題なところはあるが、エリナは山崎を一人の刑事として尊敬していた。

 エリナとマイコがそんな会話をしていると、部屋のインターホンが鳴った。エリナが出ると、マンションの入り口を映すカメラに山崎の姿があった。

「すいません。山崎です。遅れました」

「東堂さーん! 開けてー!」

 山崎を押しのけて、隣にいた女が真夜中にも関わらず元気な声で、エリナに向かって入口を開けるように要求してくる。

 エリナは溜息を一つついて、「解錠」と書かれたボタンを押した。

「彼女、また来てるみたいね」

 マイコがエリナに声をかけた。どうやらさっきの元気な声が聞こえたようだ。

「全く、こんな時間なのに何考えてるんだか。彼女、未成年ですよ?」

「まあいいんじゃない? 働いてるなら問題だけど、単に遊びに来てるようなもんなんだから」

「そうやってみんなが甘やかすから、あの子もどんどん調子に乗っちゃうんですよ」

 エリナが悪態をついていると、再びインターホンが鳴った。今度はこの部屋のドアの前に人がいるときの音だ。

 エリナは玄関まで行って、扉を開けた。そこに立っていたのは、黒いスーツをビシッと着こなした男。どこかの国の執事かと見紛うほどに容姿端麗でスマートな、間違いなく普通に街中を歩いているだけでは見つけられないほどの、いわゆる「イケメン」だった。

 普通の女性ならまずその容姿に目をキラキラとさせるのだが、エリナはその限りではなかった。というのも、エリナはこの男の決定的な欠点を知っているからだ。その欠点とは、さっきからずっと山崎の右腕にぴったりとくっついている女である。

「こんばんはー。貧乳おばさん。あ、ごめんなさい。東堂さん」

 この失礼極まりない女こそ、山崎の妹カオルである。この山崎という男は、事件現場に妹を連れて来てしまう、非常識な男なのだ。ただ、山崎が連れて来ているという言い方は正確ではない。カオルが無理矢理ついて来ているのだ。

そしてこの山崎カオルという女。容姿だけでいえば、兄の遺伝子をしっかりと受け継ぎましたと言わんばかりの美人。エリナよりも長く明るい髪を、ツインテールにしている。そして何よりエリナが気に食わないのが、カオルの胸の辺りに大きく突き出た二つの丸い脂肪の塊である。

 残念なことに、エリナにはこの塊が無い。全く無いと言っても過言ではない。ただ、そのことをエリナはこれまで気にしたことはなかった。それを補って余りあるほどの容姿をエリナは持っていたし、特にコンプレックスに感じたことはなかったのだ。

 しかし、この山崎カオルという女は、容姿はエリナに並ぶほどに美しく、その上大きな二つの塊まで持っている。しかもこれで自分より七つも年下の高校二年生というのだからたまらない。エリナは、これほど世界を恨んだことはなかった。

 もちろん、内心ではそんなことを思っていることなど、カオルの前ではおくびにも出さない。絶対に出してはいけない。もしそんなことをすれば、この七つも年下の女にどれほど馬鹿にされるか分かったものではない。エリナはカオルの前では、常に大人の余裕を持った女でいることを意識していた。



「すいません。ここまでタクシーで来たんですが、運転手さんが新人の方だったみたいで、道に迷っちゃって」

 山崎が申し訳なさそうに遅れた訳を弁解した。

「カーナビとか付いてなかったんですか?」

「付いてたんですが、使い方が分からなかったみたいで。僕とカオルも一緒に協力したんですが、僕らも二人とも機会に弱くて。それでこんなに時間がかかってしまって―」

 山崎がつらつらと言い訳を述べていたが、エリナは話半分で聞いていた。正直、こんな話に全く興味は無かったし、さっさと仕事に入って欲しかった。

「東堂さんはカーナビって使えます?」

「もうその話はいいですから。早く中に入ってもらえますか?」

「あ、はい。すみません」

 山崎はエリナにとっては上司のはずなのだが、いつの間にか力関係は逆転してしまっていた。

「ほんと、東堂さんってせっかちだよねえ。そんなんだから彼氏の一人もできないんじゃない?」

「あーはいはい。カオルさんもさっさと入ってねー」

 エリナはカオルのことは適当にあしらうことにして、仕事に戻ることにした。



 橋本直子が自殺を図った部屋には、数人の捜査員が点在していた。机の上には少しコーヒーの残ったマグカップと、その横に「睡眠導入剤」と書かれたラベルがはってある瓶が置いてある。瓶の中身はほとんど残っていない。現場は、直子が発見された状態のままで保存されているとのことだった。

 そこにエリナ、山崎、カオルの順で三人が入って来た。

「あら。やっと来たんですね」

 既に部屋で捜査を進めていたマイコが、山崎に声をかけた。

「はい。すいません。遅れてしまって」

「いいですよ、別に。多分、そんなに長引かないと思いますし」

「そうなんですか?」

 山崎の問いに答えたのはエリナだった。

「はい。状況から見て、おそらく自殺で決まりですね。この部屋は密室で、遺書も残ってます」

「遺書?」

「はい。これです」

 エリナは山崎に、机の上にあるノートパソコンの画面を見るよう促した。山崎と一緒にカオルもついて来ていたが、エリナは気にしないことにした。

 山崎はパソコンの画面を覗き込むと、そこに書かれた文言を読み上げた。

「『この仕事に疲れました。今までありがとうございました。さようなら。』なるほど…」

 遺書の最後の行から二行開けて、「橋本直子」と書かれてあった。

「確かに、自殺で間違いなさそうですね」

「じゃあ、もう撤収していいですかね?」

「問題ないでしょう」

「よかったー。橋本さんには悪いですけど、こんな夜中に出動させられて、今はもう眠くて眠くて―」

 そう言いながら、エリナは大きなあくびをした。

「じゃあ、もう帰れるんだね! じゃあお兄ちゃん! 早く帰っていつもみたいに一緒に寝よ! カオルもすっごく眠い!」

「いつも一緒に寝てないから。人前で誤解を招くような言い方はよしてね、カオル」

「じゃあ山崎さん。鑑識も撤収しますね」

 マイコが山崎に声をかけた。

「はい。お疲れ様です」

 マイコら数人の鑑識の人間たちは、様々な捜査に使う機材を一つずつ片付け始めた。

「東堂さん。橋本さんを発見したのは?」

「ええと、ここに住み込みで働いてる内海芳子さんと、橋本さんの仕事仲間の石田川あゆみさんです」

「お二人はここに?」

「はい。向こうの部屋で待機してもらってます」

「お話は伺えそうですか?」

「どうでしょう。二人とも憔悴してる様子でしたけど」

「そうですか。とりあえず、ご挨拶だけでもしておきましょう」

「分かりました」

 山崎とエリナ、カオルは、部屋を出ようと出口の方へ向かった。

 そのとき、突然山崎の足が止まった。後ろを歩いていたエリナは、山崎の背中に自分の鼻をぶつけてしまった。

「痛っ。何ですか、急に。どうかしたんですか?」

「ちょっとすいません」

 そう言って、山崎は机の横に置いてあるゴミ箱の中を覗いた。

「そのゴミ箱がどうかしたんですか?」

 山崎はエリナの問いには答えず、ゴミ箱の中をじっと見つめたまま動かなかった。

「山崎さん?」

「東堂さん。やはり発見者のお二人には詳しくお話を伺う必要がありそうです」

「え? どういうことですか?」

「行きましょう」

 山崎はエリナとカオルの横を通って、部屋を出て行った。


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