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山崎警部と妹の日常  作者: AS
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負けられない女2

 クイーンになるために殺人を犯すのだから、自分が逮捕されては意味が無い。めぐりは裕香と食事を共にしながら、どうすればこの女を誰にもばれずに殺せるだろうかと必死に考えた。そして、一つの計画がめぐりの頭に浮かんだ。この計画がめぐりの頭に即座に浮かんだのは、彼女にとってはまさに「天啓」だった。めぐりはこの計画を完璧に実行するため、行動に出た。まずは、裕香にもっと酒を飲ませる必要がある。ジョッキ一杯じゃ足りない。できれば酔うまで飲ませたい。そのためめぐりは、自分も多少飲酒する決意をした。裕香は元々酒好きだ。自分が飲み始めたら、裕香も一緒になって飲み始めてるだろうと踏んだ。

 めぐりの予想は見事に的中し、裕香はビールだけでなくワインや焼酎も飲み干し、すっかり出来上がっていた。本当なら明日、原先生にこっぴどく叱られるところだが、その頃には裕香はもう息絶えている。めぐりにとっては何の関係も無いことだった。そして、めぐりは次の行動に出る。

「ちょっと飲み過ぎちゃったわね。そろそろ出ようか。私、明日の為に軽く練習しときたいし」

「そう? じゃあ、そうしょうか」

二人は席を立ち、レジへ会計をしに行った。二人で食事をすると、明らかに裕香の方が多く飲み食いしているのだが、いちいちお互いが食べたものの料金を計算するのも面倒なので、いつも割り勘にしていた。そして、今日もそうだった。二人が会計をしているとき、突然めぐりが「あっ」と声を上げた。

「どうしたの? 急に大きな声出して」

「いや…今思い出したんだけど、私、部屋の水道の水、出しっ放しかも」

「え!? 大変! 今頃水浸しになってるかも!」

「ごめん。先に上がってていい?」

「もちろん。お金を払ったら、私もすぐ行くから」

「ごめんね。ありがとう」

そう言い残し、めぐりはレストランを出て、エレベーターホールに向かった。ちょうどエレベーターは一階に止まっていた。上に向いた矢印のボタンを押し、中に乗り込んだめぐりは、自分と裕香の部屋がある四階のボタンを押した後、最上階の十二階までのボタンを続けざまに全て押して行った。これで第二段階は完了である。

 四階に着いためぐりは、周囲を見回し、誰もいないことを確認して、廊下を一番奥まで進んで行き、そこにあるドアを開け、中に入った。あとはここで来るべき時が来るのを待つだけだった。めぐりの心臓が張り裂けそうなほど高鳴っていた。



 めぐりが先に部屋へ上がった後、裕香は会計を済ましエレベーターホールに向かった。そこにはエレベーターを待つ人で行列ができていた。この状況を訝った裕香は、ふとエレベーターのドアの上にある階数表示を見てみると、六階から順番に一階ずつ上がっては止まり、上がっては止まりを繰り返していることがすすぐに分かった。ついてない。単なる偶然か、はたまた誰かの悪戯か。どちらにしても、エレベーターが一階まで降りてくるにはかなり時間がかかりそうだった。

 裕香は、自分の部屋の階が四階という、比較的低い階であることもあり、エレベーターは諦めて階段で昇ることにした。裕香はエレベーターの前を離れ、階段のある方へ向かった。しかし、裕香はエレベーターホールの横にある、一般的に使われる階段ではなく、その更に奥。廊下を端まで進んだ所にあるドアを開けた先にある非常階段へと向かった。

四方が白い石の壁で囲まれ、殺風景で少し肌寒い非常階段を裕香は一人で昇っていた。体型に加え、酒に酔っていたこともあり、四階までとはいえ、階段は今の裕香にとってはなかなか堪えた。これなら遅くなってもエレベーターを使えばよかったかなと、半ば後悔していた裕香だったが、せっかちな自分の性格がそれを許さないことも重々分かっていたので、この選択を間違っているとは思わなかった。

やっとのことで三階と四階の間の踊り場までたどり着いたとき、裕香の目には意外な光景が映った。四階の踊り場に、めぐりが立っていたのだ。

「あれ? どうしたの? 部屋に戻ったんじゃなかったの? ていうか、水は? 大丈夫だったの?」

しかし、裕香の質問にめぐりは答えず、そこにじっと立っているだけだった。

「何よ、怖い顔して。まあ、ここにいるってことは大丈夫だったのね。良かった」

そう言って、裕香は最後を昇り始めた。裕香がゆっくりと一段一段上がって来るのを見つめながら、めぐりが口を開いた。

「ねえ裕香。私ね、どうしてもクイーンになりたの」

「知ってるわよ。めぐりの夢だもんね。ただ、クイーンを目指してるのは私も同じ。私も譲る気は無いわよ」

「それは困るの! 私はどうしてもクイーンにならなきゃいけないの! あなたがいちゃ困るのよ!」

 突然大きな声を出しためぐりに、裕香は驚いた。

「ちょっとめぐり。あなた酔ってるでしょ? 早く部屋に戻って寝た方がいいよ」

「私は酔ってなんかない。至って冷静よ、裕香」

裕香が最後の段を昇り切り、めぐりと至近距離の位置に立った。

「酔ってる人はみんなそう言うの。さ、一緒に部屋に戻りましょ」

と、裕香がめぐりの背中を押そうとした瞬間、めぐりの手が力一杯裕香の体を押し出し、階段から突き落とそうとした。

 裕香は一瞬何が起こったのか分からなかったが、生物としての生存本能なのか、咄嗟にめぐりの左腕を握り締めていた。めぐりも半身の状態になり、このままでは二人とも階段から落ちてしまうと判断しためぐりは、自分の腕を握っている裕香の手を振り切り、裕香を真っ逆さまに突き落とした。

 裕香は「きゃああ!」という叫び声と共に、体の至る所を打ち付けながら、ごろごろと階段の下の踊り場まで落ちて行った。うつ伏せに倒れた裕香の頭からは、どす黒い血が流れ、白い床を真っ赤に染め上げて行った。

 裕香が動かないことを確認したとき、めぐりは初めて正気に戻ったような気がした。

「私…何てことを…」

そう呟いためぐりだったが、今更後悔しても遅いことは自明であった。後は、当初の計画通り、誰にも見つからないよう部屋に戻り、誰かが裕香の死体を発見してくれるのを待つだけだ。大丈夫。誰がどう見ても酒に酔った女が足を踏み外し、階段から落ちて事故死したようにしか見えない。もし殺人の疑いが持たれるようなことがあった場合、自分にはアリバイは無いが、それはここに宿泊している客は全員そうだ。自分だけが疑われることはない。レストランでの会計のとき、自分だけが先に部屋に戻ったことは、店員が証言してくれるはずだ。大丈夫。計画は完璧だ。

 そんなことを頭の中で反芻しながら、めぐりは自分の部屋へ戻って来た。途中の廊下には誰もおらず、人に見つからずに部屋に戻ることは容易だった。裕香の死体はすぐにでも発見され、今夜にも警察がやって来るだろう。それまでめぐりは風呂に入り、長袖の部屋着に着替え、ベッドに横になって、体を休めることにした。



 裕香は、自分に何が起こったのか、しばらく理解できなかった。分かっているのは、自分はもうすぐ死ぬだろうということだった。頭を強く打ったらしく、何かを考えることもままならない。

 最期に何かできることは無いか。そう考えたとき、裕香の頭にある考えが浮かんだ。

 裕香は薄れゆく意識の中で、最後の力を振り絞り、自分の耳からピアスを引きちぎった。


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