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山崎警部と妹の日常  作者: AS
151/153

恩師19

 その日は冬らしくない、暖かな気候だった。自宅を出たときは厚着をしていた芹沢も、墓地に着いたときには上着を脱いで手に持っていた。

 目的の墓石の前に着くと、芹沢は墓石に水をかけ、ここに来る道中で買ってきた甘い果物を供えた。ここに眠っている少女が、生前好きだったものばかりだった。墓石には、「野口家之墓」と彫られていた。

 芹沢は、墓石の前で正座をすると、目を瞑り、口には出さず、心の中で少女に語りかけた。彼女には、伝えなければならないことがたくさんあった。やがて芹沢は、目を瞑ったまま静かに手を合わせた。その時間は数分にも及んだ。

 まだ芹沢が目を瞑っていると、近くに人がいる気配を感じた。芹沢はゆっくりと目を開け、しかし目線は逸らさないままで言った。

「不思議だな。もうすぐ君がここに来るような気がしていた」

「学校に伺ったら先生が不在で、他の先生方に聞いたらここではないかと」

 芹沢の後ろに立つその男は落ち着いたトーンで答えた。

「そうか……」

「毎月、来てらっしゃるそうですね」

「ただの自己満足だよ」

「……手を合わせても?」

「どうぞ」

 そう言うと、芹沢は立ち上がり、後ろに立つ山崎に場所を譲った。山崎はまだ温もりの残っている石畳に正座をし、静かに手を合わせた。会ったことは無いが、同じ学校に通い、同じ師を仰いだ後輩の死を、山崎は悼んだ。

「……とても素直なでねーー」

 山崎が合掌を終えると、芹沢がふと口を開いた。山崎は、真っ直ぐ墓石の方を向いたまま、芹沢の話を聞いていた。

「人を疑うということを知らない子だった。いつか誰かに騙されやしないかと心配になるほどだったよ」

「……」

「勉強はあまり得意な方ではなかったが、運動は大好きな子でね。よく男子と一緒になってサッカーやバスケをして遊んでいた。歌も得意で、よく友達とカラオケに行っては流行りの曲を歌って友達を喜ばせたそうだよ」

 芹沢は、野口聖子の話を止めどなく続けた。山崎はそれを微笑みながら聞いていた。

「……とにかく、いい子だった。まだまだこの先の人生、楽しいことがいっぱいあっただろうに。……悔しくてならない……」

「……」

 それから二人はしばらく無言になり、片や教え子を、片や後輩の眠る墓を、じっと見つめていた。そして、山﨑がゆっくりと口を開いた。

「……今日は、先生に大事なお話があって参りました」

「……そうか……」

 芹沢は、山崎何を話そうとしているのか、既に察しているようだった。そしてこの時が来るのを、以前から覚悟していたようだった。

「場所を変えようか。この子には、あまり聞かせたくない話だ」

「……分かりました」

「君と再会したときから、一度君と行きたかったところがあるんだが、付き合ってくれるか?」

「もちろんです。静かに話せる所ならどこでも」

「よし。……じゃあ行こうか」

「はい」

 二人は墓地を離れ、駐車場へと向かい、芹沢の自家用車に乗り込んだ。それから芹沢の運転で一時間ほど走ると、目的地へとたどり着いた。その間、二人はほとんど言葉を交わさなかった。この後起こるだろうことを想像して、その時の為に感情を整理しているようだった。

「ここは……」

 車を降りた山崎は、芹沢が連れて来た場所に思わず笑みがこぼれた。

「どうだ? 懐かしいだろう?」

「はい。ここに来るのは卒業式以来です」

 山崎は笑顔で言った。山崎の目の前に立つ門には、荘厳な字で「私立永峰学園」と彫られていた。そこは、山崎と芹沢が出会った場所だった。

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