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山崎警部と妹の日常  作者: AS
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負けられない女15

 山崎、カオル、エリナの三人は、喫茶コロンボでコーヒーを飲んでいた。

 三人とも、入店してから一言も話していなかった。各々、ただ静かにコーヒーを飲むだけだった。

 山崎とエリナは、さっきめぐりを警察署まで送って来たところだった。その足で二人はそのまま喫茶コロンボに来たのだ。カオルは先に来て二人を待っていた。それから三人は一切言葉を交わさないまま、既に十五分ほどが経っていた。コロンボのマスターは気にする様子もなく、相変わらずコップを拭いている。ミクは三人の様子を不審に思いつつ、店内の空気を重くする客を迷惑そうに眺めていた。

 ミクがいよいよ三人のテーブルへ文句を言いに行きそうになった頃、やっとエリナが重い口を開いた。

「…犯人、逮捕できてよかったですね」

「はい…」

 山崎が淡白に答えた。カオルはコーヒーを飲みながらスマホを見ている。

「私、山崎さんのこと、見直しました。最初は、殺人現場に自分の妹を連れて来たり、周りに変な人が多かったりして、この人大丈夫かなって思ってたんですけど、ピアスの件からあれが殺人だって気付いて、そこから日野さんを追いつめるまでは見事でした。きっと山崎さんじゃなければ解決できない事件だったと思います。ああ。あと、山崎さんがおっしゃってた、現場にカオルさんを連れて来るもう一つの理由っていうのも分かった気がします。今回の事件だって、カオルさんが日野さんに水を飲みたいって言ったり、この店で暑さから汗をかいたりしてなかったら、逮捕までもっと時間がかかってたと思います。カオルさんは山崎さんにとって、事件解決のヒントをくれる重要な―」

「すいません、東堂さん。ちょっと静かにしていただけませんか?」

「え?」

「ちょっと今、考え事をしてるんです」

「え? …でも私今、すごくいい感じのことを言ってたというか、ていうか、今回の話をまとめようとしていたというか…」

「は? 今回の話って何? お兄ちゃんは今集中してるんだから、貧乳おばさんは黙ってて」

 しばらく「貧乳おばさん」と呼ばれていなかったので、エリナは久々にイラッとした。この生意気な上司の妹は、やはり生意気だと再確認した。

「考え事って、何を考えてるんですか? 今回の事件に関係あることですか?」

「ええまあ」

「それって何ですか? 私も一緒に考えます」

「え? でも…」

「私もこの事件を担当したんです! まだ何か分からないことがあるなら、私も一緒に考えるのが当然です!」

「いやそんな大したことじゃ―」

「それでもです! 確かに洞察力や推理力じゃ山崎さんには敵わないかもしれないですけど、私にしか分からないことだってあります! 力になれるかは分かりませんけど、話すだけでもお願いします!」

「そうですか? じゃあお聞きしますが―」

「はい!」

「あの…オムレツにチーズを入れるか問題についてどう思いますか?」

「は?」

「いやね、日野さん、ホテルに泊まっているとき、毎朝レストランでオムレツを食べてたそうなんです。捜査しているうちに聞きまして。で、そこのオムレツにチーズが入ってたんですよ。どう思います?」

「どうって…。どうも思いませんけど」

「いや、僕は絶対に入れるべきではないと思うんです。やっぱりお肉と卵の組み合わせって最強ですから。そこにチーズを入れるというのは―」

 エリナは既に呆れた表情を見せていた。カオルはエリナに嘲笑の顔を見せている。だが、山崎はそんな二人の表情には全く気が付いていない様子で話を続けている。

「―って思ってたんですけど、あそこのオムレツを食べたらそんな考えも吹っ飛んでしまったんです。新たな発見と言いますか、オムレツにチーズがこんなに合うものかと―」

「あの、山崎さん」

「はい?」

「その話、もういいですか?」

「え? 何でですか? 一緒に考えてくれるって言ってくれたじゃないですか」

「いえ、もういいです。心配した私が馬鹿でした」

「え?」

 山崎はエリナが呆れている理由がよく分かっていない様子だった。再びコーヒーを飲み始めたエリナに、カオルが言った。

「お兄ちゃんはね、食べ物に関するこだわりは人一倍あるの。わざわざこんな辺鄙な場所にある喫茶店の常連になってるのも、ここのマスターの料理とコーヒーがどこよりも美味しいからなんだから!」

 確かに、さっきまでの山崎の語り口は、あのかるたの練習場でめぐりを追いつめたときのそれとそっくりだった。しかし、正直エリナにはそんなことはどうでもよかった。しかし、マスターの作る料理やコーヒーが頬っぺたも落ちるほど美味しいことは、エリナも認めるところだった。

「ちょっとあんた! 何が辺鄙なところにある喫茶店よ! 別にあんたなんか来てくれなくても結構ですから! ここには山崎さんさえ来てくれればいいの!」

「さすがにそれじゃお店の経営は成り立たないんじゃ…」

 いつの間にかテーブルの側にはミクが立っていた。店の従業員の台詞とは思えない暴論をぶつけてきたので、思わずエリナがフォローに回ってしまった。山崎はまたそんなことにはお構いなしで、相変わらずメイドのような制服を着たミクに注文を頼んだ。

「すいません、小林さん。オムレツをいただけませんか」

「もう! 『小林さん』だなんてやめてください! 気軽に『ミク』って呼んでください」

「お願いします、小林さん。できればチーズ入りでと、マスターに伝えてください」

「もう! イケズなんだから! マスター! オムレツ一つお願いしまーす! チーズ入りでー!」

 ミクは大きな声で注文を言いながら厨房の方へ下がって行った。

 山崎はウキウキしたような表情でチーズ入りオムレツが出て来るのを待っている。それはまるで、もうすぐ出来上がる晩御飯を前に、リビングで座って待っている子供のようだった。その表情が少し可愛く見えたことを、エリナは隠しておくことにした。

 しばらくすると、美味しそうな香りを漂わせたオムレツが山崎の前に運ばれてきた。山崎の顔は満面の笑みに変わる。オムレツを持ってきたミクが、去り際に山崎の手をそっと握って行ったが、山崎の方はオムレツに夢中で、そのことは気にも留めていなかったようだ。

「これは美味しそうですねえ。あ、そうだ。東堂さん」

「はい?」

 山崎はフォークを持ちながらエリナに声をかけた。

「今回の事件、東堂さんのお陰でいろいろと助かりました」

「え? いや…私は別に…。大したことはしてません。今回の事件が解決できたのは、山崎さんとカオルさんのお陰です。私は何も…」

「そんなことはないですよ。エレベーターを待っていた人を探してくれたり、最後に日野さんを逮捕したときも、東堂さんが下準備をしっかりしていてくれたからです。もし東堂さんがいなかったら、きっと時間切れで、日野さんには逃げられてましたよ。これからもよろしくお願いします」

 不意に褒められたことで、エリナは思わず顔を赤くして照れてしまった。この山崎という男、確かに変人で、周りに多大な迷惑をかけてしまいがちだが、時に天才的な洞察力と推理力を見せることは、今回の事件でよく分かった。この男の元でなら、きっとこれからいろんな発見ができるかもしれない。エリナは、この男に付いて行ってみようと、心の中で小さく決意をした。

「はい。こちらこそ、よろしくお願いします」

 しかし、エリナの返事を聞く前に、山崎はもうオムレツを一心不乱にほうばっていた。もうこちらの声は届いていないようだ。

 エリナは、つい数秒前にした決意が早速揺らいでいることに気付いた。


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