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山崎警部と妹の日常  作者: AS
149/153

恩師17

 大沢高校での授業を見終え、芹沢と挨拶を交わした山崎は、その足でとある場所へタクシーで向かっていた。その場所は、東京から車で三十分ほどの郊外に佇む、一軒の洋風の家だった。あまり大きくはないが、数年前にできたばかりの新築だそうで、外壁も白くて綺麗だった。

 玄関の前に立ち、インターホンを押すと、「はい」という、澄んだ女性の声がスピーカーから聞こえてきた。

「こんばんは。山崎です」

「待ってました。今開けますね」

 すると、インターホンは切れ、中の住人が玄関へ近付いてくる足音が聞こえた。そして、鍵の開く音がすると、ドアがそっと開いた。

「いらっしゃい。遅かったですね、山崎さん」

「すみません。前の仕事が少し長引きまして。上がってもいいでしょうか、日野さん」

「駄目です」

「え?」

「前に言いましたよね? 日野さんっておかしくないですか?」

「あ、すみません。ええと……めぐりさん?」

「はい。どうぞ」

 めぐりと呼ばれたその女性は、満足そうな笑顔で山崎を自宅へ招き入れた。

 彼女は日野めぐり。元々は競技かるたの選手で、かるたの日本一、通称「クイーン」を目指して日々鍛錬していたのだが、ある事件をきっかけに、現在は休養している。

 その事件というのは、めぐりが自身のライバルであり親友だった女性を、突発的に殺害してしまったのだ。そしてその事件を担当したのが山崎と東堂エリナだった。山崎たちはめぐりを自白に追い詰め、逮捕に至ったのだが、決定的な証拠となっためぐりの腕についた痣が、検察に身柄を拘束されたときにはすっかり消えてしまっていたため、嫌疑不十分となり、不起訴処分となっていたのだった。

 その後も山崎とめぐりの関係性は続いており、時折一緒に食事をしたり、めぐりの家へ招かれて、かるたを楽しんだりしていた。

「夕食は食べました?」

 めぐりはリビングへ向かいながら尋ねた。

「いえまだ」

「あら。じゃあ何か作りましょうか?」

「そんな。申し訳ないので大丈夫です」

「安心してください。簡単にできるものしか作りませんから」

 めぐりはいたずらっぽく笑った。

「ううん。では、お言葉に甘えて」

「はい。カレーでいいですか?」

「カレー大好きです」

「じゃあちょっとお待ちを」

 そう言って、めぐりはキッチンの方へと歩いて行くと、棚の中からレトルトのカレーを取り出し、お湯を沸かし始めた。

 カレーができるまでの間、二人は何ということのない世間話をした。最近のお互いの近況から、この間友達から聞いたびっくりした話、昨日の面白かったドラマの話など、およそかつて人を殺した人間と、それを逮捕した人間の会話とは思えなかった。しかし、二人の間には、どこか信頼関係のようなものが生まれていることは、第三者からの目線から見ても明らかだった。

 十五分ほどでレトルトカレーは完成した。めぐりは二人分の皿をテーブルまで運び、山崎の前にカレーを置いた。

「レトルトですけど」

「いえ。ありがとうございます」

「じゃあ、いただきます」

「いただきます」

 二人は同時にカレーにスプーンを入れ、口に運んだ。

「うん。上出来」

「はい。美味しいです」

 そう言って、二人はまた一口食べた。

「何か、新婚みたいですね」

「……」

 めぐりの言葉に山崎は答えず、三口目を口に運んだ。

「……何か、悩んでるんですか?」

「え?」

「だって、今日の山崎さん、何だか変だもの。いつもより元気が無いっていうか」

「そうですかね」

「そうです。私で良ければ、話を聞くぐらいはできますけど」

「……」

 山崎は少し考えた後、ゆっくりと口を開いた。

「これは、日野さんーーめぐりさんだから信用してお話しするのでがーー」

「何ですか?」

「あまり詳しいことはお話しできませんが、今捜査している事件がありまして、もしかしたらその事件に、私の最も尊敬する方が関わっているかもしれないんです」

「……」

「まだ確定した訳ではないので、何とも言えないところはあるのですが、正直戸惑ってます。私はこのまま、事件の捜査を続けていいのだろうかと……」

「なるほど……。何か、意外です」

「意外?」

「はい。私、山崎さんはもっとクールな人だと思ってました。あ、もちろん良い意味でですよ」

「クール? 私がですか?」

「はい。犯人を捕まえるため、真相を明らかにするためだったら、相手が誰であろうと徹底的に捜査する。そんな感じの人だと思ってました」

「買い被りです。私は、そんな強い人間じゃありません。いつも誰かの助けが無いと、まともに生きられもしないんですから」

「そんなの誰だってそうですよ。一人で生きられる人間なんていないんですから。ただ、ちょっと安心しました」

「安心?」

「はい。山崎さんも、ちゃんと私たちと同じ人間なんだなって」

「どういう意味ですか?」

「怒らないで聞いて欲しいんですけど、山崎さんって、ちょっと人間離れしたイメージがあったから。悩んだりもするんだって、ちょっと驚いたんです」

「そんなことはありません。私は至って普通の人間ですよ」

 めぐりは、口に手を当てて、「ふふ」と笑った。

「私が山崎さんに何か言えるとしたら、一つだけです」

「何ですか?」

「どんなに迷ってもいいから、最後には自分の信じた選択をして欲しい。それだけです」

「……」

「私を捕まえたときみたいに、堂々としててください。そっちの方が、山崎さんには似合います」

 山崎の口が「ありがーー」まで言いかけたときだった。めぐりは、ふと呟いた。

「私は、あなたのそういうところを好きになったんですから」

「……え?」

 めぐりが何を言ったのか理解できていない様子の山崎に、めぐりはもう一度、山崎の目を見てはっきりと言った。

「山崎さん。私はあなたのことが好きです。もちろん、不起訴になったとはいえ、殺人犯である私が山崎さんとどうにかなれるなんて思ってません。ただ、私も、自分の信じた選択をしたいから」

「……」

 突然のことに、山崎は動揺を隠せず、何も言うことができなかった。

「あ、ありがとうございます……。あの……こういうとき何て言ったらいいのか……」

「いいんです。何も言わなくて。ほら、カレー冷めちゃいますよ」

 そう言われて、山崎は残りのカレーを一気に頬張った。

「あの、山崎さん」

「はい?」

 ちょうど山崎がカレーを食べ終わったとき、めぐりは、恐る恐る尋ねた。

「また、会ってくれますか?」

 山崎は、迷わずに答えた。

「もちろんです」

「……そうですか」

 めぐりは、嬉しさがこぼれるように、小さく笑った。

 カレーを食べ終わると、山崎はめぐりの自宅を後にした。めぐりは都内まで車で送ると申し出たが、山崎は悪いからと断り、タクシーで帰って行った。少し、胸の辺りが熱かった。

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