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山崎警部と妹の日常  作者: AS
145/153

恩師13

 日がとっぷりと暮れ、街にはちらちらと街灯の光が輝き始めていた。そんな街灯の光も届かないほど路地裏の奥にある喫茶コロンボに、山崎と妹のカオルはいた。

「ねえねえお兄ちゃん。カオル旅行に行きたーい」

 カオルはいつものようにオレンジジュースをストローで飲みながら、甘えた声で言った。

「旅行?」

「うん。だって、お兄ちゃんが警察の仕事始めてから一回も行ってないじゃん。昔はよく二人で行ってたのに」

「しょうがないだろ。仕事が忙しいんだから」

「そんなこと言って、本当はあの貧乳おばさんと居たいだけでしょ!?」

「東堂さんのことか? どうしてそこで東堂さんが出てくるんだよ」

「知らない! お兄ちゃんのバカ!」

「何でそんなに不機嫌なんだ?」

 山崎は喫茶コロンボのマスター特製の絶品オムライスを食べながら、膨れっ面の妹を横目に見た。

「山崎さん! こんなワガママなアホ妹なんかより、私と旅行に行きましょうよ!」

 横から口を挟んできたのは、喫茶コロンボのアルバイト、小林ミクだった。ミクはカオルと同級生なのだが、高校生とは思えないほどのモデル級のスタイルであるカオルに対して、ミクは小学生かと思えるほど背が小さかった。しかし、小動物のようなくりっとした目は、まるでフランス人形のそれだった。喫茶コロンボでのバイト中は、メイド服のような制服を着ており、それもミクの容姿にぴったり合っていた。

「私なら、この女みたいにワガママなんて言わず、山崎さんに尽くしまくりますよ!」

「誰がワガママなのよ! ていうかお兄ちゃんから離れて!」

 カオルは、山崎の腕に抱きつくミクに向かって怒鳴るように言った。

「あんた以外に誰がいんのよ! 妹なのをいいことにいっつも山崎さんに迷惑ばっかりかけて! 私の方が山崎さんを幸せにできるんだから!」

「何言ってんの!? お兄ちゃんは、カオルみたいな巨乳で脚の長い女の子が好きなの! あんたみたいなチンチクリンなんかに幸せにできるわけないでしょ!」

「何ですって!」

「何よ!」

「はいはい。そこまで」

 二人の間に入って喧嘩を仲裁したのは、いつの間にか店に入って来ていたエリナだった。最初は戸惑っていたエリナも、すっかりこの二人の扱いに慣れてしまっていた。

「ここからは真面目なお仕事の話だから、あなたたちは向こうに行っててね。あ、ミクさん。私カフェラテね」

「何よ! 客だからって調子に乗らないで!」

「いや注文しただけなんだけど」

「うっさい! ちょっと待ってろバカ!」

 プンプンと怒りながら、ミクはキッチンの方へと下がって行った。カオルもいつの間にか別の席に移って一人でスマホをいじっている。普段は自分勝手な二人だが、山崎とエリナが仕事の大事な話をするときなどは、きちんと弁えることができる利口さも持っていた。

「東堂さん、どうでしたか? 成果の方は」

「いろいろと分かりましたよ」

 エリナは山崎の対面の椅子に座りながら言った。その表情は、どこか曇っているように見えた。

「いろいろと分かりましたけど、聞きますか?」

「え? そりゃあもちろん聞きますが……」

 山崎は、エリナの質問の意図するところが分からなかった。

「いえ。あまり、気持ちのいい話ではないので。山崎さんにとっては特に……」

 山崎は、エリナの言わんとすることがよく理解できなかった。

「……僕なら大丈夫なので、話してください」

「……分かりました」

 エリナは一つ息を吐き、自身のメモ帳を取り出してそこに書かれていることを見ながら話し始めた。

「まず、殺された窪塚翔ですが、過去にいろいろやらかしてるみたいで」

「やらかしてる?」

「はい。大沢高校は、窪塚が教師を始めてから三つ目の赴任先なんですが、過去の二校の二つともで、窪塚は複数の女子生徒に手を出していたようです」

「……」

「まあルックスが良くて、口も達者だったそうなんで、生徒の方から好きになっちゃうことが多かったみたいです。同意の上と言えばそうなので、これだけならそこまで問題ではないのですが……」

 エリナは、苦虫を噛み潰したような表情で言った。

「窪塚が過去に付き合っていた女子生徒の一人が、その数年後に事故で亡くなっているんです」

 エリナの言葉に、山崎の動きが一瞬止まった。

「女子生徒の名前は野口聖子。死因は自宅のベランダからの転落死なんですが、これがどうやらただの事故死ではなかったんです」

「というと?」

「司法解剖の結果、野口聖子の体に、殴られたような痣がいくつも見つかりました」

「……」

「しかも、それだけではなくーー」

 エリナは辛そうな顔で続けた。

「……彼女の体内からは、違法な薬物が検出されました」

「……」

「ここからはあくまで野口聖子の周りの人間からの聞き取り調査で得た情報で、確たる証拠は無いのですが、窪塚は当時勤めていた学校の生徒だった野口と付き合うようになり、その関係は野口が大学生になってからも続いていたそうです。ただ、彼女の友人の話によると、窪塚は酒に酔っては彼女を殴ったり、嫌がっているのに無理矢理性行為に及んだりすることもあったそうです。その友人は何度も別れて警察に相談しようと提案したそうなんですが、野口が強く拒否したんだそうです。そうこうしているうちに、最悪の事態にーー」

 山崎は黙って聞いている。

「どこから手に入れたのかは知りませんが、窪塚は野口に違法薬物を何度も使用させていました。それも無理矢理にです。目的はおそらく、薬物を使用した状態での性行為です。そのせいで薬物中毒となった野口は日に日に痩せていき、ある日、禁断症状に耐えきれず、自宅のマンションからーー」

 エリナは、それ以上は言わなかった。奥歯を強く噛みしめる音が聞こえて来そうだった。山崎は、何も言わず、エリナに水を勧めた。エリナは小さく「ありがとうございます」とだけ呟き、水を一口飲んだ。

「なるほど。そんなことが……」

「……はい。ただ、話はまだこれで終わりじゃないんです」

「……?」

 エリナは、更に話を続けた。

「そんなことがあったにも関わらず、野口聖子の死は単なる事故とされ、窪塚は一切お咎めなしになってます」

「そんな……」

「はい。おかしいと思って詳しく調べてみると、窪塚の父親は、この地域で五期連続で市長を務めているかなりの権力者でした。おそらく、裏で息子の失態を隠蔽したんだと思われます。多分警察もグルになって」

「……」

「そして、ここからが一番重要なんですがーー」

 エリナは、水の入ったコップを強く握りしめた。

「その野口聖子と窪塚が出会った高校なんですがーー」

 エリナは、一つ間を置いて言った。

「その学校は、私立永峰学園。山崎さんと、芹沢先生がいた高校です」

「え……?」

 エリナは更に続ける。

「野口が永峰学園に入学したのが、山崎さんが卒業した三年後です。そのときに野口と窪塚は出会いました。そして野口聖子は……芹沢先生の教え子です」

「……」

 いつも落ち着いている山崎が、このときばかりは言葉を失っていた。エリナの話が事実なら、同じ師を仰いだ後輩が、邪悪な教師によってその生命を奪われたということになる。しかもその教師は汚い策を講じて罪を逃れ、何事もなかったかのように教師を続けていた。こんなにも許しがたいことはないと、山崎は腸が煮えくり返りそうになった。

 だがーーその教師は、身元不明の通り魔により、既に殺害されている。これがただの通り魔殺人でないことは、容易に想像がついた。

「ただ、窪塚と芹沢先生が再び同じ学校に赴任することになったのは、全くの偶然だと思いますが」

「……そうですか……」

「窪塚は、表では人気教師を演じながら、裏では何人もの女子生徒をいたぶっていました。当然、恨みを持つ人間も多かったはずです。山崎さん、今回の犯人は、その中の一人だとは考えられませんか?」

 エリナの声は店内に響くほど大きくなっていた。しかし、山崎は答えなかった。

「……すいません、出過ぎた真似を」

「……いえ」

「あ、あと、もう一つ分かったことが」

「何でしょう?」

「窪塚ですが、まだ懲りていなかったようで、大沢高校に赴任してからも、女子生徒に手を出していたそうです。おそらく、窪塚が担任をしていた上原凛という生徒がそうです。窪塚とその生徒が、ラブホテルに入っていくのを目撃した生徒がいました。上原凛の名誉のために、黙っていたそうですが」

「……その上原凛という生徒と話せますか?」

「聞いてみます」

「お願いします。対応はくれぐれも慎重に」

「分かっています」

 山崎は、残り少しだったコーヒーを一気に飲み干した。

「……苦いですね……」

 山崎は、少し眉間に皺を寄せながら呟いた。

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