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山崎警部と妹の日常  作者: AS
144/153

恩師12

 事件の翌日。大沢高校の体育館には全校生徒が集められ、緊急集会が行われた。登壇した校長が、昨日の不幸な事件により命を落とした窪塚教諭への哀悼の意を述べ、生徒教員一同で一分間の黙祷が行われた。

 集会の間、窪塚を慕っていた生徒たちの啜り泣く声もちらほらと聞こえた。そんな声を聞いても、上原凛の感情が揺さぶられることはなかった。凛は校長が話しているときも、周りの生徒が泣いているときも、ただじっと、真顔で空中を眺めているだけだった。

 黙祷の後、校長から二週間の休校が言い渡された。犯人がまだ捕まっていないこともあり、安全が十分に保証される期間が二週間だと判断されたようだった。ただし、受験が近いこともあり、三年生のみ希望する生徒に対して、受験対策特別授業を設けることが発表された。それに伴い、校内に人がいる時間は、警察官が交代で警備を行い、万全の体制を期すことも明かされた。私立の進学校である大沢高校ならではの配慮と言えた。

 学年でも成績上位の凛にとって、無理をしてまで登校する必要性は無かったのだが、毎日の習慣を崩すとついつい怠けてしまいそうだと自己分析した凛は、明日からも通常通り学校に通うことにした。過保護気味な母親は止めるだろうが、耳を貸すつもりはなかった。進学の為だと言えば何とかなるだろう。警察が警備してくれるとも言っているし、安全性に問題は無いだろう。何より凛は、誰かの言いなりになって生きるのだけは嫌だった。



 その日の昼、授業は無いが、学食はいつも通り営業していた。ほとんどの生徒は帰宅しているものの、親が仕事をしているため家に昼食が無い生徒は、ここで食べてから帰宅するようだった。

 何人かの生徒に混ざって、隅のテーブルで一人、芹沢が食事をしていた。白米に焼き魚と味噌汁という、実にシンプルな食事だった。芹沢は、学校のある日は毎日ここで昼食を摂るのが日課だった。いつもより静かな学食で、芹沢はゆっくりと食事を摂ることができた。

 焼き魚を半分ほど胃に入れた頃だった。突然「ここ、いいですか?」と尋ねる声がした。空席は他にたくさんあるのに、どうしてわざわざ自分と相席になろうとするのだろうと不審に思って顔を上げると、そこには昨日会ったばかりのかつての教え子が、トレイを持って立っていた。

「山崎君!? どうしたんだ急に」

「あれ? 昨日言いませんでしたっけ? これから何度か伺うと」

「確かに聞いたが、まさか昨日の今日で来るとは思っていなかったからね」

「昨日からいろいろと分かったことがあるので、先生にご報告をと思いまして」

「もう何か分かったのか。日本の警察が優秀なのは知っていたがこれほどとは」

「いえいえ。うちの優秀な部下のおかげです」

 山崎は笑いながら、芹沢の前に腰を下ろした。テーブルに置かれたトレイには。大盛りのカレーが乗っていた。

「随分食べるんだな」

「私、カレーには目がなくて」

 山崎は心底嬉しそうな顔で言い、手を合わせて「いただきます」と呟いた後、口の中にカレーをかき込んだ。山崎が美味しそうに食事をしている姿を見ていると、芹沢は、今は殺人犯と刑事ではなく、一人の教師と生徒の関係に戻れたような気がした。

「あ、食事に夢中ですっかり忘れてました。先生にご報告したいことですがーー」

「あ、ああ」

 芹沢は、急に現実に引き戻されたような感覚になり、少し残念そうな顔をした。

「昨日の犯人なんですが、現場に凶器を残して行ったんですよ。ご存知ですか?」

「いや」

「あの教室の窓のすぐ外に落ちてました。血まみれのナイフが。調べたところ、窪塚先生の血液の他に、飼育小屋のウサギの血液も付着してました」

「ということは、これでウサギを殺した犯人と、窪塚先生を殺した犯人は同一人物だと考えて間違いなさそうだな。花壇を荒らしたのもそいつだろう」

「はい、おそらく。ただ、これに関して一つ気になることがあるんです」

「気になること?」

「はい。凶器となったナイフを調べてみたところ、海外製のなかなか珍しいものだったようで、日本で手に入れるには通販ぐらいしか方法が無いそうなんです」

「……ふうん」

「ただ」

「……ただ?」

「私の優秀な部下が調べてくれたところ、この近所であのナイフを買える店が一軒だけ見つかったんです。イトウ雑貨店という店なんですが、ご存知ですか?」

「……知らないな」

 芹沢は、思わず喜んでしまいそうになるのを何とか堪えた。

「そうですか。そのイトウ雑貨店の店主に聞いてみたところ、ちょうどウサギが殺された日の前日、マスクにサングラスにニット帽を身に付けたロングコートの男が、あのナイフを買っていったと証言してくました」

「ほう」

「かなり目立つ格好だったので、その店の店主だけではなく、近くの商店街の店員やお客さんが何人もその男を目撃していました」

「マスクにサングラス、ニット帽にロングコートというのは、昨日の犯人の特徴と全く同じだな。その男が犯人で間違いないだろう」

「はい。ただ、残念ながら、その後の犯人の行方は分かりませんでした」

「そうか。まあでも、かなり犯人の手掛かりには近付いたんじゃないのか?」

「ええまあ」

 山崎は、どこか不満げな表情だった。

「どうかしたのか? あ、そういえば、気になることっていうのは、結局何だったんだね?」

「はい。それなんですが、どうも腑に落ちないんです」

「何がだね?」

「まず、そもそもどうして凶器を現場に残して行ったのか。自ら手掛かりを残していくようなものなのに」

「単に落としたことに気付かなかっただけじゃないか? 人を殺して逃げるところだったんだ。相当焦ってたんだろう」

「まあ、確かにそれは考えられます。ただ、その後がどうも奇妙なんです」

「奇妙とは?」

「いいですか? たまたま犯人が現場に凶器を落としていき、それを調べてみたらたまたま海外製の珍しいもので、しかもたまたまそれがこの近くの雑貨屋さんに売ってあり、そして我々は犯人の情報を得た。こんなにとんとん拍子に物事が進むでしょうか。普通こんなことはなかなかあるもんじゃありません。どうも妙なんですよね。まるで意図的に仕組まれているような……」

 芹沢は敢えて何も言わなかった。

「それにですね、どうして犯人はあんな目立つ格好をしていたんでしょうか」

「というと?」

「だってマスクにサングラスにニット帽にロングコートですよ? そんな格好で街を出歩いたら、嫌でも目立ちます。そんなことぐらい、犯人にだって分かっていたはずなんです」

「なるほど。まあそうかもしれないが、結局のところ、君は何が言いたいんだね?」

「はい。つまりですね。私はこう思うんです。犯人は、我々に自分の存在をアピールしているんじゃないかと。『俺はここにいるぞ』と、我々に言っているような気がするんです」

「……誰かに認めてもらいたいという自己実現、あるいは単なる自己顕示欲。そういうものが、犯人の動機ということか?」

 この問いに、山崎は首を縦には振らなかった。

「うーん。そういうのとはちょっと違う気がするんですよねえ」

「というと?」

「すいません。これ以上はまだ分かりません。また何か分かりましたらお話しに来ます」

「……そうか」

「はい。あ、話に夢中ですっかりカレーが冷めちゃいましたね」

 そう言って、山崎はカレーを口に運んだ。

「うん。冷めても美味しい」

 山崎が食事している途中だが、芹沢は既に空になったトレイを持ち上げ、立ち上がった。

「なかなか面白い話が聞けたよ。ありがとう。またいつでも来てくれ」

「はい。ではまた」

「また」

 そう言って、芹沢はその場を立ち去った。芹沢の手は、今にもトレイを落としてしまいそうなほど強張っていた。

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