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山崎警部と妹の日常  作者: AS
143/153

恩師11

「君は確か、山崎君か?」

「覚えていてくださって光栄です、芹沢先生。ただ、一つだけ訂正させていただくと、『やまざき』ではなく、『やまさき』なんですけどね」

「ああ、そうだった、そうだった。君は学生時代からそうやって自分の名前を間違えられては訂正していたな。何だか昔に戻った気分だよ」

「私もです」

「ちょ、ちょっと山崎さん」

 自分を置いてけぼりで盛り上がる上司を、エリナは堪らず制した。

「この方、ご存知なんですか?」

「ああ、すみません。この方は芹沢先生。私の高校時代の恩師です」

「え!? 山崎さんの!?」

「あー、カオル見たことあるかも」

 エリナは純粋に驚いていたが、カオルはあまり興味が無さそうだった。

「いやあ、こんな偶然あるんですね。高校を出て以来だから、ほぼ十年ぶりですね」

「君は確か、家庭の事情で高校は中退したんだったな。まあ、あまりこんな形で再会したくはなかったが」

「同感です。……あの……申し訳ないのですが、今回の事件についてお話を伺っても?」

「ああ。どうぞ座って」

 芹沢に促され、山崎たちはソファに横並びで座った。芹沢は、山崎たちの対面のソファに腰を下ろした。

「どこから話せばいいのかな」

「できるだけ詳しくお教えいただけると」

「そうか。そうだな。そもそも事の発端は、今から一週間ほど前だった。何者かによって、学校の花壇が荒らされてたんだ」

「花壇……」

「最初は近所の悪ガキの仕業だろうと思っていたんだが、つい二日前、今度は飼育小屋のウサギが全て殺されていた」

「え……酷い……」

 エリナが思わず口に出した。

「確かに酷かったよ。大切に育てていた飼育係の生徒が泣き崩れていたのを見ると、私も胸が痛くなった」

「なるほど。つまり、この学校は誰かに狙われていたと?」

 山崎は芹沢に尋ねる。

「おそらくは。だから、生徒も教師も、普段より一層防犯意識を高めるようにと注意喚起していたんだ。だが、犯人はそれの上を行っていた。まさか真っ昼間の授業中に堂々と学校に侵入して来るとは思わなかった」

「犯人を見たのは?」

「最初に発見したのは私だ。裏口から入って来るのをたまたま見かけてね。それから放送を流して、全校生徒と教員をグラウンドに避難させた」

「賢明な判断です」

「それから、私と窪塚先生、あと平井先生と横溝先生という別の教員の四人で、犯人を取り押さえようということになった」

「それはいただけませんね。警察が来るまで大人しくしておくべきでした。先生らしくない」

「今思えばそうだ。しかし、あのときは私も冷静じゃなかった。少しでも生徒の安全を確保しようと必死だったんだ。だが結果として、その判断が今回の悲劇を生んでしまった。悔やんでも悔やみきれないよ」

 芹沢は、奥歯を噛みしめるように言った。

「ご自分を責めないでください。生徒を守ろうとしたという意味では、先生の判断は正しかったと言えます」

「……ありがとう……」

 山崎の言葉に、芹沢は俯きながら答えた。

「犯人の姿を見たのは先生だけですか?」

 山崎は質問を続けた。

「いや。一度、犯人が廊下を歩いているのがグラウンドから見えたらしい」

「ほう」

「そのときグラウンドには私以外の教員と全校生徒がいたから、目撃者は山程いるだろう」

「なるほど。ところで、見えた”らしい”というのは?」

「私はそのとき、校舎の中にいたんだ」

「それは何故?」

「逃げ遅れた生徒がいないか、最後まで残って確認していたんだよ。もし見落としていたら大変なことだからね」

「確かにそうですが、それはまた危ないことを」

「生徒の安全の為だ。たいしたことじゃない」

「そうですか」

 山崎は笑顔で言った。

「ちなみに、校舎に残っていたのは先生お一人ですか?」

「ああ」

「で、残っていた生徒はいましたか?」

「幸運なことに、全員グラウンドに避難していたよ」

「そうですか」

 山崎はまた笑った。

「では、今回の事件の流れをまとめると、まず先生が裏口から侵入してきた犯人を発見。その後、先生自らが放送を流して、ご自分以外の全ての人間をグラウンドに避難させる。そして先生が一人校舎に残って逃げ遅れがいないか確認している間に、犯人が一度だけ姿を現した。目撃者は多数。ここまでいいですか?」

「ああ」

 山崎の隣では、エリナが必死にメモ帳にペンを走らせていた。

「全員が避難し終えたのを確認した先生は、一度グラウンドに出て、今度は警察が来るまでに犯人を取り押さえようと提案。それに当たったのが、先生と窪塚先生、そして平井先生と横溝先生でしたね?」

「そうだ」

「それぞれペアになって犯人を捜索していたとき、あの空き教室に潜んでいた犯人に窪塚先生が襲われた。先生も頬を切られて軽い怪我。犯人は未だ逃走中。大体の流れはこんな感じで合ってますか?」

「ああ。問題ないよ」

「そうですか……」

 山崎は顎に手を当て、何かを思案する様子を見せた。

「どうかしたのか?」

 山崎の仕草が気になった芹沢が堪らず問いかける。

「さっき現場を見たときにも思ったんですが、窪塚先生は随分体を鍛えてらっしゃたように見受けられました」

「ああ。確か、格闘技を何年かやってたらしい。あくまで趣味の範疇だったそうだが。今も定期的にキックボクシングのジムに通ってはいたみたいだが……。それがどうかしたのかね?」

「いえ。そんな人の懐に入り込んで胸にナイフを刺すなんて、犯人は相当の手練だなと思ったんです。ましてや、そのとき窪塚先生はさすまたまで持っていた。普通は近付くのさえ困難なはずです」

「……それは……突然後ろから襲われたからだよ」

「後ろから?」

「ああ。私と窪塚先生があの教室に入ったとき、中には人の気配は無かった。誰もいないと思って、私も彼も気を抜いていたんだな。物陰に隠れて、突然襲ってきた犯人に気付かなかった。あっという間の出来事で、私も何が起こったのか分からなかったよ」

「なるほど。つまり不意打ちだったと」

「そうだ」

「……しかし、そう考えると甚だ疑問ですね……」

「何がだね?」

「犯人が不意打ちを狙ってあの教室に潜んでいたんだとしたら、もし誰も来なかったらどうする気だったんでしょうか?」

「え……?」

「だってそうじゃないですか? 先生と窪塚先生があの教室に行ったのはたまたまです。もしあの教室に誰も来なかったら、犯人は逃げるチャンスをみすみす逃して、自ら警察を待っていたことになります。一体なぜそんなことを……」

「うーん。一つ考えられるとすれば、あの教室はグラウンドから見えにくい位置にある。一度姿を見られて焦った犯人は、外から見つかりにくいあの教室を見つけて、身を隠していたんじゃないだろうか?」

「なるほど……。では、そもそも犯人の目的は何だったんでしょう? 窪塚先生を殺害することだったんでしょうか?」

「さあ、そこまでは私には……。ただ、犯人は花壇を荒らし、ウサギを殺したのと同一人物である可能性が高い。であれば、植物、動物と来て、次は人を殺してみたいと思ったんじゃないだろうか。これは私の勝手な想像だがね」

「『誰でもよかった』というわけですね。ただ、それだとまた別の疑問が」

「何かな」

「先程も言ったように、犯人はあの空き教室で誰かが来るのを待っていました。そして運悪く、まあ犯人にとっては運良く、先生と窪塚先生がやって来た。そこで犯人は、お二人の特徴をじっくり観察したはずなんです。一人は身長が高く、恰幅のいい若い男性。しかも手には武器を持っている。そしてもう一人は、失礼ですが、お年を召していらっしゃる、素手の男性。どちらが簡単に襲えそうか、判断には困らないと思うのですが……」

「……山崎君。君は肝心なことを忘れているね」

「何でしょう?」

「いいかね。この犯人は、授業中の学校に不法侵入して、人を殺そうというような奴だ。我々の常識が通用する相手じゃない。世の中には、私たちの『そんなことをするはずがない』という固定観念をいともたやすく飛び越えてくる人間がいるんだ。君も、刑事という仕事をしているのなら分かるだろう?」

「……」

 山崎の無言が、何よりの返事だった。

「残念ながら、この世には良心というものを持ち合わせることができなかった人間がしばしばいる。今君は、そういう人間を相手にしているのだと思った方がいい。おっと、これは釈迦に説法だったな」

「いえ。大変参考になりました」

 そう言って、山崎は立ち上がった。エリナはまだメモの途中のようだったが、一旦メモ帳を閉じ、山崎と一緒に立ち上がった。すっかり話に飽きて、後半はずっと山崎の横顔を見つめていたカオルも、山崎の腕に寄り添いながら立ち上がった。

「久しぶりに会えて嬉しかったよ」

「私もです。まあ、捜査の為にこれから何度か伺うとは思いますが」

「君ならいつでも大歓迎だよ。積もる話もあるしね」

「はい。では、今日はこの辺で」

「失礼します」

「さよならー! せんせーい!」

 山崎の後に続き、エリナとカオルも生徒指導室を出て行った。

 芹沢は、ドアがきちんと閉まったのを確認すると、沈み込むようにソファに座った。疲労困憊とはこのことを言うのだろうと思うほど、芹沢は疲弊していた。まるで体がこれ以上動くのを拒否しているようだった。覚悟はしていたが、警察の尋問がこんなにも体力を要するものだとは思わなかった。それも相手はかつての教え子だとは、さすがの芹沢も予想できなかった。あの山崎という生徒は、学生時代から鋭いところがあったが、自分が作り出した架空の犯人の行動の不審な点を次々挙げられたのには恐れ入った。

 山崎はこれから何度か来ると言っていた。かつての教え子と話せるのは嬉しいが、自分が犯人である手掛かりを掴ませないよう、細心の注意を払おうと、芹沢は気合いを入れ直したのだった。

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