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山崎警部と妹の日常  作者: AS
142/153

恩師10

 大沢高校の生徒は全員下校し、代わりにたくさんの警察官がやって来た。一階の空き教室では、窪塚の遺体の周りで警察官や鑑識の人間たちがせっせと働いている。そのほとんどは男性で構成されているが、その中に二人、見目麗しい女性がいた。

 一人はスリムな体型にパンツスタイルのスーツ姿で、黒縁眼鏡がとても似合っている警部補、東堂エリナ。そしてもう一人は、作業服の上からでもスタイルの良さが窺える、長い髪を後ろで括ってポニーテールにしている小倉マイコである。むさ苦しい男ばかりの現場も、この二人がいるだけで、まるでコンクリートに突如花畑が現れたように華やかになるのだった。

「東堂さん。おたくの大将はいつご到着なのかしら? いくつか相談したいことがあるんだけど」

「そんなのこっちが聞きたいです。さっき電話したら『もう着きますから』って言ってたのに、それからもう二十分以上経ってるんですよ?」

「遅刻癖は相変わらずね」

「遅刻癖というか、あの人は遅刻を悪いことだと思ってないんです! 毎回一応ポーズとして謝ってはいますけど、全く心がこもってないですし! ……まあ、いつものことと言えばいつものことなんですけど」

「……何か、安心したわ」

 マイコはくすっと笑いながら言った。

「安心? 何がですか?」

「あなたたちがとっても仲が良さそうで安心したってこと」

「は!? 何で今の話でそうなるんですか!」

 そう言ってエリナが膨れっ面をしたときだった。ガラガラと教室のドアを開ける音がした。ドアの方を見ると、もはやエリナとマイコには見慣れた光景である、黒いスーツ姿の山崎警部と、その腕にぴったりと寄り添う妹のカオルがいた。

「すみません、遅れました。またカオルが現場について来るって聞かなくて。何度も置いていこうとしたらこんな時間に……」

「……」

「何ですか、東堂さん? そんなに睨んで」

「やだー。東堂さん、怖ぁい」

 エリナは、三十分近くも遅刻しているにも関わらず平然としているこの上司と、甘えた声で自分を馬鹿にしているその妹を睨みつけた。

「別に、何でもないです。早く仕事してください」

「はい……。すみません。あの、マイコさん。東堂さん、何かあったんですか?」

 山崎は、ちょうど近くを通りかかったマイコに尋ねた。

「さあ? 私は何も知りません」

 マイコは、敢えて含みを持たせるような言い方をした。

「……?」

「お兄ちゃん、そんなの気にしなくていいよ。女の人には、定期的にイライラしちゃう時期があるの」

「そうなのか? ……あ、分かった! それって確か、はいらーー」

「山崎さん! 仕事!」

 エリナは怒鳴りつけるように言った。山崎は縮み上がり、年下の部下に対して、思わず「はい!」と大きな声で返事をしていた。

「亡くなったのは窪塚翔、二十九歳。ここの学校の英語教師です。死因は胸をナイフで刺されたことによる失血死。今朝、この学校に侵入してきた不審者に出くわし、襲われたそうです。凶器と思われるナイフは、窓の外に落ちてました。こちらです」

 そう言いながら、エリナは血まみれのナイフが入ったプラスチックの袋を山崎に見せた。山崎はそのナイフをしばらく眺めた後、「なるほど」とだけ呟いた。

 次に山崎は、床に倒れている窪塚の遺体を観察した。

「何か気になりますか?」

 じっと観察を続ける山崎に、エリナが尋ねた。

「あ、いえ。ただ、随分恰幅のいい方だなと思いまして」

 確かに山崎の言う通り、窪塚は一八〇センチはあろうかという高身長で、筋肉も全身に程よくついており、普段から体を鍛えていることは一目瞭然だった。

「確かにそうですけど、それが何か?」

「もし東堂さんが犯人だとしたら、この人をどうやって殺しますか?」

「え? 何ですか、突然?」

「いいから考えてみてください。犯人の気持ちになってみることは、事件の捜査においてとても大事なことですよ」

「……まあ、確かにそうですね。そうだなあ……」

 エリナはしばらく考えた後、自分の答えを述べた。

「胸を刺してるわけですもんね。じゃあ、反撃されたら困るから、床か壁に押さえつけて刺すとか?」

「では、どうやってこの人を押さえつけますか?」

「どうやって?」

「さっきも言ったように、この方はこの高身長の上に、普段からトレーニングもしていたと思われます。そんな人を押さえつけてナイフで刺すなんてかなりの至難の業です。しかも被害者は武器まで持ってました」

 山崎は、窓付近に落ちているさすまたを指差しながら言った。

「そうか。ということは、犯人は対人格闘のプロ、ってことですかね?」

 そう言ったエリナに向かって、山崎はニヤリと笑って言った。

「あるいは、被害者が全く警戒しない相手、という可能性もありますね」

「犯人は被害者と知り合いってことですか!?」

「それはまだ分かりません」

 そう言って、山崎は窪塚の遺体の側を離れた。

「ねえねえ、お兄ちゃん。何かここに絵が飾ってあるよ!」

 いつの間にか窓の近くに移動していたカオルが言った。

「絵?」

 妹の呼びかけに応じ、山崎は窓付近の壁に飾ってある絵の方へ近付いた。

「これは……この学校の生徒と、教師かな」

 その絵には、学生服を着た、男女合わせて三十人ほどの生徒と、その真ん中に年配の男性が一人描かれていた。生徒と教師は、快晴の空のもと、全員が楽しそうに笑っていた。

「上手だね、これ」

「うん。よく描けてる」

 山崎とカオルは、思わずその絵に見入っていた。

「……?」

 しばらく絵を眺めた後、カオルが何かに気付いた様子を見せた。

「どうした、カオル?」

「ちょっとごめんね」

 そう言って、カオルは壁にかかっている絵を、落とさないようゆっくりと外した。カオルの行動に山崎は少し驚いたが、止めることはせず、妹が何に気付いたのか、見届けることにした。

 カオルは絵を壁から外すと、絵の貼ってあった部分だけ白くなった壁に、小さな血痕が付いていた。

「これは……」

 山崎はそれを見て何かを考察し始め、そしてマイコを呼んだ。

「小倉さん!」

「はいはい」

 山崎の呼びかけに応じ、マイコがやって来た。

「これ、誰のものか調べておいてもらえますか?」

「了解」

 軽い感じで返答したマイコは、部下を呼び、血液の採取を始めた。

「しかしカオル、よくこんなの見つけたな」

「え? 別にたいしたことないよ?」

「どうしてあの絵の裏に血が付いているって分かったんだ?」

「そんなの簡単だよ。ドラマでも漫画でもアニメでも、絵の裏に何か隠すのは普通のことでしょ?」

「そ、そうなのか……?」

 妹の予想外の答えに、山崎は何と言うべきか分からず、間の抜けた返事になってしまった。そのとき、エリナが山崎に言った。

「山崎さん。遺体の発見者から話が聞けるそうです。どうされますか?」

「分かりました。伺います」

「ではこちらへ」

 そう言って、エリナと山崎、そしてカオルの三人は空き教室を出て、同じ階の反対側に位置する生徒指導室へとやって来た。普段は生徒の進路に関する相談や指導を行う、六・五畳ほどの部屋なのだが、今日だけは事件の聴取部屋として学校側から貸してもらったのだった。

「失礼します」

 山崎はドアを二回ノックした後、ドアを開けて中へと入った。

「はじめまして。私、警察の山崎と申します。今日は今回の事件のお話をーー」

 そこまで言って、山崎の動きが止まった。

「……? 山崎さん? どうされました?」

「お兄ちゃん?」

 エリナとカオルの呼びかけにも、山崎は答えず、じっと目の前にいる一人の教師を見つめていた。そして「先生」と、一言だけ呟いた。

「君は……」

 部屋の中に居た男は、「先生」と呼ばれてゆっくり立ち上がった。「先生」という呼称は普段からいろんな人間から呼ばれているが、この刑事から言われたそれは、どこか懐かしい感じがした。

 そして同時に、芹沢は胸の中に小さな不安と恐怖が生まれるのを感じた。

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