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山崎警部と妹の日常  作者: AS
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恩師8

「誰もいませんね」

「そうですか。では、次に行きましょう」

 芹沢と窪塚が一階の捜索を始めてから数分が経った。いくつか教室を見て回ったが、不審者どころか、人一人見つけられていない。と言ってもそれは当然のことなのだが、そのことを知っているのは芹沢だけだった。窪塚も平井も横溝も、存在しない不審者を探し続けていた。それだけでなく、他の生徒や教師たちも、芹沢の思惑通り、架空の不審者を恐れ続けていた。ここまで上手くいくとは芹沢自身も驚きだったが、まだ計画は完成ではない。むしろここから一番重要で、なおかつ最後の局面に入ろうとしていた。

「ここにもいませんね」

「ふむ。そうですか」

「本当にまだ学校の中にいるんですかね? 自分の姿を見られて、焦ってもう逃げっちゃったんじゃ?」

「その可能性もありますが、まだ断言はできません。直に警察が来ます。もう少し探してみましょう」

「そうですか。分かりました」

 窪塚は、渋々という表情で捜索を再開した。既に不審者は学校から逃げ去っていると思っているらしい。芹沢は、このタイミングで動くことにした。

「窪塚先生。空き教室に行ってみましょうか」

「空き教室ですか?」

「はい。私は見ていないが、不審者は一度姿を現してから、それ以降は姿を見せていないんですよね? ということは、そいつは外から見えないところに隠れている可能性が高い。そして空き教室は、窓の外から見えない造りになっています」

「なるほど。確かにそれは考えられますね。行ってみましょう」

 そう言って、窪塚は廊下の端に位置する空き教室へと向かった。芹沢は後から付いて行く形で、窪塚の半歩後ろを歩いていた。

 やがて、二人は空き教室の前に到着した。当然のことながら、その扉は閉まっていた。窪塚は取っ手に指をかけ、大きく息を吐いた。中に得体の知れない不審者がいるかもしれないと考えると、さすがに緊張しているらしい。そして、芹沢の方を見て「開けますよ」と目で合図すると、その手を大きく引き、一気に扉を開けた。窪塚はさすまたを前に向けて勢いよく教室の中に入る。その後に芹沢も続いた。しかし、そこには普段使用されていない椅子や机が教室の後ろに固めて置かれているだけで、人間は誰もいなかった。

「何だ。誰もいませんね」

「まだ分かりません。掃除用具入れの中に入っている可能性も」

 油断しかけた窪塚に、芹沢が言った。窪塚は用具入れに慎重に近付き、そして一気に中を開けた。しかし、中には箒や塵取りが入っているのみだった。

「やっぱりいませんね」

「念の為、窓の外も見ておきましょう」

「……」

 窪塚は、少し面倒そうな表情を見せた。もうここには誰もいないと踏んでいるようだ。その予想は、ある意味では当たっている。

 芹沢に促され、窪塚は窓を開け、外を見た。窓の外は裏庭になっており、あまり手入れされていない雑草でいっぱいだった。

「誰もいませんね」

「もっとよく見てみてください。草むらの中とか」

「そんなとこにいないと思うけどなあ」

 窪塚は、また面倒そうに、窓から上半身を乗り出して周りを見た。今、窪塚の視線に自分は入っていない。それを確信した芹沢は、窪塚に感づかれないよう、上着の内ポケットからゆっくりと革の手袋を取り出し、両手にはめた。そして、もう一方の内ポケットからナイフをーー芹沢がイトウ雑貨店で購入し、飼育小屋のウサギを殺したナイフだーー取り出し、足音を立てないよう、ゆっくりと窪塚の方へ歩き出した。窪塚はまだ外を見ていて、近付いていくる芹沢に気付いていない。

 あと二歩ほど進めば、窪塚の元へ辿り着く。芹沢はぐっと息を呑んだ。その瞬間だった。

「やっぱり誰もいませんね」

 そう言いながら、窪塚が芹沢の方を振り返った。芹沢は焦った。そして次の瞬間には、芹沢のナイフは窪塚の胸に深々と刺さっていた。

「……え?」

 窪塚は、何が起こったのか理解できていないようだった。持っていたさすまたも、いつの間にか床に落ちている。芹沢は、二歩分あった窪塚との距離がいつの間に無くなったのか、ほとんど記憶が無かった。

「芹沢……先生……? どうして……?」

「……あの子の仇だ……。お前が殺した、あの子の……」

「あ……あれは、俺が殺したんじゃない! あれはあいつが勝手にーー」

 窪塚の言い訳を聞く気は無かった。芹沢は、窪塚の胸に刺さったナイフを引き抜こうとした。しかし、人間の体に突き刺さった刃物は、そう簡単に抜けるものではなかった。芹沢は、少し窪塚の体を振り回すような形になりながら、力いっぱいナイフを引き抜いた。すると、傷口から真っ赤な血が飛び散り、教室の床や壁、そして芹沢の顔や体までもを汚した。

 その場に倒れ込んだ窪塚は、口から血を吐き、両目からは涙を流しながら這いつくばっていた。芹沢は、その側に立って窪塚を見下ろした。窪塚は、驚きと恐怖に満ちた目で芹沢を見上げた。

「お願いします……。助けて……」

「……すまないが、私は君に対して、もう人間的な感情を持っていないんだ」

 いつの間にか、芹沢も泣いていた。涙を拭った芹沢は、改めて窪塚を見下ろし、その体に向かって、思い切りナイフを振り下ろした。

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