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山崎警部と妹の日常  作者: AS
139/153

恩師7

 翌日、午前中の職員室。教頭や、授業の無い教員たちが、静かに各々の作業をしていた。その中には、芹沢や平井、横溝もいた。

 ふと、芹沢が立ち上がり、部屋を出て行った。芹沢はそのまま校舎を出て、大沢高校の裏門へと辿り着いた。ここには、芹沢が殺したウサギたちが居た飼育小屋がある。今、小屋の中にウサギはおらず、大量の藁だけが敷き詰められていた。

 芹沢の心は既に決まっていた。計画のお膳立ては全て整った。後は実行に移すのみだ。今ならまだ引き返すこともできたが、そんなつもりは毛頭ない。芹沢は、大きく息を吸い、そして吐いた。

 芹沢は来た道を早足で戻り、職員室のドアを勢いよく開けた。その音と芹沢の血相を変えた表情に、職員室にいた教師たちは驚いた。

「ど、どうしたんですか? 芹沢先生」

 尋ねたのは平井だった。

「た、大変です。さっき、裏門から不審者がーー」

「え!? 本当ですか!?」

「ええ。さっきトイレに行ったら、サングラスにロングコートを着た怪しい男が学校に入って来るのが見えてーー。とにかく、生徒たちに避難を!」

「分かりました! 放送を流します!」

「あ、ちょっと待ってください!」

 職員室を出て、放送室へ向かおうとした平井を、芹沢が呼び止めた。

「放送は私が流します。平井先生と横溝先生は先にグラウンドへ行って、出て来た生徒たちの誘導をお願いします」

「じゃあ、芹沢先生は?」

「私は、最後まで校舎に残って、避難しそびれた生徒がいないか確認します」

「待ってください。そんな危険な役目、先生にさせられません。その役は僕がーー」

「大丈夫ですよ。それに、不審者がグラウンドの方に現れないとも限らない。お二人は、生徒を守ることだけを考えてください」

 横溝の言葉を遮るように、芹沢が言った。

「……分かりました」

 平井と横溝は芹沢の提案を受け入れ、教頭らと共にグラウンドへ向かった。

 芹沢は職員室を出ると、すぐ近くにある放送室へと向かった。学校の放送機器はボタンが多く、一見操作が難しそうに見えるが、実際に使うボタンはそれほど無く、慣れればすぐに使い方を覚えることができた。

 音量を調節し、準備が整うと、芹沢はマイクに向かって話し始めた。

「大沢高校の生徒に連絡します。これより、昼の全校集会を始めます。全校生徒、全教員は、速やかにグラウンドへ集合してください。繰り返します。これより、昼の全校集会を始めます。全校生徒、全教員は、速やかにグラウンドへ集合してください」

 芹沢は放送を終えると、窓からグランドを見下ろした。ものの一分ほどで、大沢高校の生徒達が教師に誘導されながら、ぞろぞろとグラウンドに出て来た。そして五分と待たずに、全校生徒と教師がグラウンドに集まっていた。芹沢は、生徒と教師たちの優秀さに舌を巻いた。が、今は感心している場合ではない。芹沢は次のフェーズへ移行するため、放送室を出た。



 自分以外誰もいなくなった校舎を早足で駆け抜け、最上階である三階へと辿り着いた。芹沢はトイレの個室に入ると、予め用意してあったロングコート、サングラス、ニット帽、マスクを身に着け、再び廊下へと出た。そしてその格好のまま、誰も居ない廊下を堂々とゆっくり歩いた。計画通り、グラウンドに集まった生徒たちは自分の姿を見つけ、大騒ぎになっていた。



「あそこに変な男がいる!」

 誰かがそう叫ぶと、グラウンドの生徒たちの目線は一気に校舎三階の窓へと注がれた。そこには、マスクとサングラスで顔を隠し、ロングコートを身に纏った、いかにも怪しげな男がゆっくりと歩いていた。

 グラウンドは一時パニック状態になり、「静かにしろ!」と叫ぶ教師たちの言葉も、生徒たちには届かなかった。

「見た? さっきの。ヤバいね!」

 好奇の目で凛に話しかけてきたのはさつきだった。

「うん。無事に捕まればいいんだけど」

 凛は興味なさそうに答えた。

 凛の視線の先では、窪塚が必死に生徒たちの混乱を収めようとしていた。



 廊下を端まで歩き切った後、芹沢は窓の外から姿が見えないよう体を屈め、来た道を戻って再びトイレの個室に入った。さっき身に付けたばかりのマスクやサングラス、ロングコートを全て脱ぎ、普段着の状態に戻った芹沢は、他の教員たちより数分遅れてグランドへと向かった。

 芹沢がグラウンドに降りてくると、まだ生徒たちは騒がしくしていた。「あの男はどこに行った?」「あれって不審者なの?」「こんなところに大勢で集まってて大丈夫なのか?」そんな声が口々に聞こえてきた。

「先生。ご無事で良かったです」

 そう言って芹沢の元へ駆け寄って来たのは平井と横溝だった。

「平井先生、横溝先生。生徒の誘導ありがとうございます」

「とんでもない。ところで先生、それは?」

 平井が、芹沢の手に握られているものを見て尋ねた。芹沢は、両手にさすまたを二本持って校舎から出て来ていた。

「これで不審者を捕らえます」

「捕らえる!? 私達でですか?」

「そうです」

「しかしーー」

「あの不審者がいつグラウンドに降りてきて生徒たちを襲うか分かりません。警察が到着するまでまだ時間がかかります。今のうちに、我々でやれることはやっておきましょう」

「……そうは言っても……」

 芹沢の提案には、平井も横溝も渋面を見せた。教師が乗り込むことで、不審者が逆上し、暴れ出さないとも限らない。せっかく全校生徒をグラウンドに避難させることができたのだから、このまま警察が来るまで全員で固まっていた方が良いような気もした。しかしだ。この芹沢という男が、今まで間違ったことを言ったことがあっただろうか。平井と横溝は、教師生活もかれこれ八年目に入り、これまで様々な教師を見てきたが、芹沢ほど聡明な教師を他に知らなかった。芹沢の教育に対する真摯な態度を目にすると、教師としては二十年近く後輩である自分たちも、改めて襟を正すのだった。

 そんな人物が、今少しでも生徒たちの安全を確保しようと動いている。平井と横溝が、これ以上拒む理由は無かった。

「分かりました。警察が来るまで、我々で犯人を取り押さえましょう」

「平井先生……。ありがとうございます」

「ただし、絶対に単独行動は駄目です。私と横溝先生がペア、そして芹沢先生はーー」

 そう言いながら、平井は後ろを振り向いた。

「窪塚先生! ちょっとこっちへ!」

 平井に呼ばれた窪塚は、小走りでこちらへ駆け寄ってきた。

「何か?」

「窪塚先生。先程私たちで話し合ったのですが、警察が来るまで、より生徒の安全を守るため、我々で不審者を捕らえようと思います」

「え!? 本当ですか!?」

「はい。窪塚先生は芹沢先生とペアになってください。確か窪塚先生は格闘技経験者でしたよね?」

「まあ、大学時代に少しかじったぐらいですけど」

「構いません。もし不審者と出くわしたらこれを」

 そう言って、平井は窪塚に、二つあるさすまたのうち一つを手渡した。

「これで不審者を取り押さえてください」

「へえ、なるほど。分かりました」

 窪塚は、初めて手にするさすまたを眺めながら、軽く返事をした。平井と横溝は、この男に任せて大丈夫だろうかと少し不安になったが、かといって窪塚より年齢も上で、力も衰えている自分たちが行くよりはマシなことも分かっていた。

「では、私と窪塚先生は一階を見ます。平井先生と横溝先生は二階と三階をお願いできますか?」

「了解しました」

「一階を捜索して誰も見つからなければ、私達もそちらの応援に向かいます。では、くれぐれも無茶だけはしないように」

「それは先生もです」

 横溝が芹沢にそう答えると、芹沢は照れくさそうに笑った。そして四人の男性教師は、再び校舎の中へと入っていった。

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