恩師2
芹沢に話した内容をもう一度山崎にも話した吉田と曽根崎は、少しうんざりした様子だった。山崎は気にせず二人に質問を始めた。
「まず吉田君。君の財布の特徴を教えてください」
山崎は同級生にも敬語で話していた。あまり山崎とは親しくなかった吉田と曽根崎も、何となく山崎のことは噂で聞いていたので、特にそれに触れることはなかった。
「革製の結構良いやつだよ。高校入ったときに、親戚のおじさんが買ってくれたんだ」
「色は?」
「黒」
「他に何か付いたりしてますか?」
「他? この前の誕生日に、彼女にもらったストラップなら付いてるけど」
「ストラップ? それはどんな?」
「何か小さい水晶みたいなやつだよ。何でそんなこと聞くんだよ?」
「いえ。何か手がかりになるかもと思いまして。では次に曽根崎君」
「……何?」
曽根崎は山崎のことを少し気味悪がっているようだった。
「君が忘れ物を取りに行った吉田君を待っている間、部室に誰か入って来たりはしませんでしたか?」
「……誰も来てない……」
「そうですか。ところでーー」
そう言うと、山崎はすっと曽根崎の顔に自分の顔を近付けた。驚いた曽根崎は、少し後ろに仰け反った。
「な、なんだよ急に」
「いえ、目の下のクマが気になったもので。昨日は遅かったんですか?」
山崎の言う通り、曽根崎の目の下にはクマができていた。
「この前、新作のゲームが出たから、昨日夜中までやってたんだよ。別にいいだろ」
「そうですか。分かりました。では、部室を見せてもらってもいいですか?」
「ちょっと山崎君。君はどこまでーー」
本格的に捜査をしようとしている山崎を、後ろで聞いていた芹沢が思わず制止した。
「乗りかかった船です。ここまで来たらとことんやりましょう。先生だって、これを親御さんや教頭先生たちに知られて、事を大袈裟にはしたくないでしょう?」
それはそうだったのだが、そんなことまで考慮に入れているこの高校生に、芹沢は一種の恐ろしさを感じた。
山崎は吉田と曽根崎に案内されながら、部室棟二階にある男子バスケットボール部の部室へと足を踏み入れた。芹沢も、監督責任として山崎について行った。
部室の中はかなり散らかっていた。部員たちの鞄や荷物だけでなく、部員たちが持ち寄ったのであろうたくさんの漫画などが、床に散らばっていた。
山崎は部室の中を見渡した後、開いたままになっている窓を見た。
「あの窓はずっと開いてたんですか?」
「ああ。あそこは基本開いてるよ」
答えたのは吉田だった。
「なるほど……」
そう言うと、山崎は曽根崎の方を見た。曽根崎は不安そうに、視線をどこに置いていいのか迷っているようだった。
「分かりました」
少し間を置いて、山崎が言った。
「分かったって、何が分かったのかね?」
「吉田君の財布の行方ですよ、先生」
「何?」
「本当か!? どこだよ!?」
「まあまあ、落ち着いてください、吉田君。その前に、一つ確かめなければならないことがあります」
「確かめなければならないこと?」
「はい。曽根崎君」
「わ! ……な、何?」
曽根崎は、突然名前を呼ばれて驚いた顔を見せた。山崎は気にせず問いを投げかけた。
「ここの部室、随分散らかってるようですが、何かあったんですか?」
「え? それはーー」
横から口を出そうとした吉田を山崎は手で制し、曽根崎の答えを待った。曽根崎は、少し考える様子を見せた後、思い出したように言った。
「え、えっと、昨日部員たちでここで遊んでて、そのときに散らかっちゃったんだよ。本当は昨日片付けるべきだったんだけど、面倒臭くてこのままにーー」
「え?」
吉田と芹沢が同時に口に疑問の意を口に出した。
「曽根崎、お前何言ってんだよ?」
「え?」
吉田の言葉に、曽根崎は困惑していた。この中で一人だけ、状況を理解しているらしい山崎が、ニヤニヤしながら曽根崎に言った。
「曽根崎君が動揺するのも無理はありません。この中であなただけが、部室が散らかっている理由を知らないのですから」
「え?」
曽根崎はさらに困惑した。
「いいですか、曽根崎君。実はさっき、この近くで地震があったんですよ。それもそこそこ大きな」
「え!?」
「おい曽根崎。お前何で知らないんだよ?」
「あの地震は結構大きかった。気付かないはずはないのだが……」
疑問を抱く吉田と芹沢にも聞こえるように、山崎は続けた。
「なぜ曽根崎君が地震のことを知らないのか。それは、吉田君が部室から出て行った後、曽根崎君はここでずっと眠っていたからですよね?」
「え?」
吉田と芹沢は予想外の言葉に耳を疑った。曽根崎は、ばつが悪そうな表情で下を向いていた。
「おそらく昨日夜遅くまでゲームをやっていた影響でしょう。睡眠不足だった君は、一人になった途端、あっという間に眠りに落ちてしまった。それも地震にも気付かないほど深く。犯人は、その間に吉田君の財布を盗み出したんです」
「曽根崎、本当なのか?」
吉田の問いに、曽根崎は黙ったままゆっくりと頷いた。
「何で言わないんだよ!」
「だって、僕が寝てる間に盗まれたなんて分かったら、その、すごく、責められると思って……」
「そんなの、言わない方が責めるに決まってるだろ!」
「……ごめん」
興奮する吉田を、芹沢が冷静に諭した。
「まあまあ、その辺にしておきなさい。で、山崎君。ということは、犯人はやはり分からないということになるのかな」
「いえ。犯人の大体の目星も付いてます」
「何?」
「そうなのか!? 誰だよ! 誰が俺の財布盗んだんだよ!」
吉田は山崎に詰め寄った。山崎は冷静に、犯人の名を告げた。
「犯人はーー」