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山崎警部と妹の日常  作者: AS
129/153

愛しすぎた女10

「やっぱり、特に変わったところは無いですね」

「ううん……」

 敦美と福永から話を聞いた翌日。山崎とエリナは、またも東洋薬科大学薬学部学部棟の福永ゼミのゼミ室。つまりは島田優里の遺体が発見された場所に来ていた。

 これまでの話で、山崎は優里が自殺ではなく他殺であるとほぼ確信しており、そしてその犯人にも大方予想がついていた。だが、犯行を立証できるものが、まだ何一つとして見つかっていなかった。そこで二人は、遺体発見現場であるゼミ室に、まだ何か見落としているものがあるのではと、再度検証を行うためにやって来たのだった。

「もっとよく探しましょう。きっとあるはずなんです。あの人の犯行を立証する何かが」

「そんなこと言われても、これ以上どこを探したらいいのか……」

 この部屋は、最初に鑑識が到着した時点で徹底的に捜査されている。今更二人が探し回ったところで、新たに何かが見つかる可能性はほぼゼロに近かった。それでも諦めきれない山崎は、半ば無理矢理エリナを連れ出し、再びこの部屋にやって来たのだった。

「はあ。とりあえず、一回休憩しませんか?」

 エリナは椅子に座り込み、山崎に提案した。朝十時から捜索を始めて、時刻は既に正午を回ったところだった。

「そうですね。ちょっと休憩しましょう」

 そう言って、山崎も椅子に腰を下ろし、また考え事をしているようだった。エリナは、山崎の邪魔をしないよう、静かにその様子を見守った。

 音もなく、誰の邪魔も入らない二人だけのこの空間だけが、外界から隔絶され、時間という束縛から解放されたような、そんな感覚を、エリナは味わっていた。

「山崎さん。ちょっと聞いてもいいですか?」

「はい。何でしょう?」

「その……マイコさんとは……どういう……?」

「小倉さん? どうとは?」

 山崎は、エリナが何を聞きたがっているのか分からなかった。もう知っていることとはいえ、エリナはこのどうしようもなく鈍感な男に、少しだけ苛立ちを覚えた。

「だから、マイコさんとはどういう関係なんですか!? この前一緒にホテルに行ったとか行ってましたけど! その……そういうこと、したんですか!?」

 聞き方が必死になっていることに気付き、恥ずかしさやら苛立ちやらで、エリナの顔は真っ赤になっていた。

「あ! その件なら、前にも言ったように、何も無かったんです! 一緒にご飯を食べていたら終電を逃してしまって、仕方なくすぐ近くになったホテルに泊まろうということになりーー。でも、本当にそれだけですから! 僕の方が先に始発で帰ったんです!」

 山崎も必死に弁解しているようだった。

「……本当に?」

「信じてください」

 山崎の目は、「僕は嘘なんてついていません」と、エリナに語りかけていた。それを見たエリナは、渋々山崎を許してやることにした。

「これから、そういうことがあったときは、逐一私に報告してください」

 エリナは頬を膨らませながら言った。

「は、はあ……。でも、東堂さんには別に関係はーー」

「いいから! 分かりましたね!?」

「は、はい……。分かりました」

 山崎は妻の尻に敷かれる夫のように、頭を掻いた。

「お腹空きました」

「え?」

「怒ったらお腹空きました! 何か奢ってください!」

「いいですけど、東堂さん今日どうしたんですか? 様子がおかしいですよ?」

「この男は何を呑気なことをーー。私がこの数日、どれだけ頭を悩ませていたか、この男は思いも寄らないのだろう」と、エリナは思ったが、もちろん口には出さなかった。

「女の子にはそういうときがあるんです!」

「あ、そうか。東堂さんもしかして生ーー」

「それ以上言ったら殺しますよ?」

「すみません。なんでもご馳走します」

「私、お寿司が食べたいです」

「ええ…」

「何でもって言いましたよね?」

「……はい」

 山崎は諦めたように頷いた。

「じゃあ、行きますか」

 そう言って、山崎は立ち上がりゼミ室のドアを開けた。エリナもそれに続いた。すると、廊下に出てすぐ、二人の女子学生とぶつかりそうになった。

「おっと、すみません」

「あの、警察の方ですか?」

 背中にギターケースを背負っているその二人の学生は、山崎とエリナの顔を交互に見ながら言った。

「はい。そうですが?」

「あの……ここの隣の空き教室って、いつになったら使えますか?」

「というと?」

 山崎が尋ねると、二人の女子学生はおずおずと話し始めた。



 助手席の山崎は満足そうな顔で窓の外を眺めていた。ハンドルを握るエリナは、運転しながらその気持ち悪い横顔をチラチラ眺めていた。

「僕の言った通りだったでしょ? やっぱり朝から行っててよかったじゃないですか」

「はい……」

「いやあ『現場百回』とはよく言ったものだなあ。あ、東堂さん。明日、お願いしますね」

「はいはい、分かりました」

 エリナは、山崎の得意げな態度が多少鼻につくものの、少しすっきりしたような表情で、車を走らせた。

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