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山崎警部と妹の日常  作者: AS
128/153

愛しすぎた女9

 敦美の部屋を出た後、山崎はその足で東洋薬科大学へと向かった。薬学部学部棟のとある一室の前に着くと、ドアをノックした。

「はい」

「お世話になります。昨日お伺いした山崎です」

「ああ、どうぞ」

 ドアの向こうから許可をもらうと、山崎は「失礼します」と断り、ドアを開けた。教授室では、福永がすごいスピードでノートパソコンのキーボードを叩いていた。

「すみません。今論文が佳境でして、このままでも大丈夫ですか?」

「構いません。むしろ、お忙しいところをお邪魔してしまい申し訳ありません」

「いえ。で、山崎さん、でしたっけ。今日はどのような用件でしょうか?」

「はい。昨日お聞きしたお話に加えて、再度いくつか確認したいことがありまして。あ、その前に、私の名前なんですが、『やまざき』ではなく、『やまさき』なんです」

「ああ。これはどうもすみません」

 福永はキーボードを叩く手を一度止めて謝罪した。

「いえいえ。別にどっちでもいいですから」

「……で、確認したいこととは?」

「ああ、そうでしたね。まず、昨日もお話ししたんですが、島田さんが持っていたチョコレートのことがずっと引っかかってまして」

「それについては昨日もお話ししましたが、僕には何の心当たりもありませんよ」

「やはりそうですか。しかし、島田さんが誰かと会っていた、もしくは会う予定だったことは、まず間違いないと私は踏んでます。そして、その人物は島田さんの死に大きく関わっている」

「……気になる言い回しですね」

 福永は、再びキーボードを叩く手を止めた。

「島田さんは自殺じゃないと?」

「まだ分かりません。しかし、その可能性は高いかと」

「そんな……。もしかして、他殺という可能性も……?」

「……」

 山崎は無言で頷いた。

「そんな……まさか……。彼女はとても人当たりがよくて、誰かに恨みを買うような人間じゃーー」

「それを確かめるために、先生にお聞きしたいことがあるんです」

「……何ですか?」

「もし島田さんが自殺ではなく他殺だとしたら、あの密室は犯人によって作り出されたということになります」

「はい」

「ゼミ室の鍵は二つ。一つは事務室にあるもの。もう一つは先生がお持ちのもの。そして前者は島田さんが持っていました。ということは、先生がお持ちだった方の鍵が使われた可能性が高いわけです」

「しかし、僕の鍵はずっとここにありました。誰にも渡したりしていません」

「……鍵はいつもどこに?」

「そこの、白衣の内ポケットの中です」

 と、福永は部屋の隅のハンガーにかけてある白衣を指差した。山崎は白衣の方へ近付き、その内ポケットからゼミ室の鍵を取り出した。

「ここに鍵があることを知ってる人間は?」

「僕のゼミの生徒ならみんな知ってるはずです」

「なるほど……」

「……ちょっと刑事さん。まさかとは思いますが、うちのゼミの学生の中に犯人がいるなんて考えてないですよね?」

「……」

 何も答えない山崎に、福永は立ち上がって反論した。

「馬鹿げてる! 僕のゼミの学生に限ってそんなことは絶対にない! 確かにみんなまだ若いし、それ故の過ちを犯してしまうこともありますが、モラルはきちんと持っている子たちです! ましてや人殺しなんてーー」

「先生。私もそう信じたいんです。ですから、彼らの中に犯人がいないことを証明するためにも、ご協力頂きたいんです」

「……私は、何を答えればいいんですか?」

 福永は冷静になり、再び椅子に腰を下ろした。山崎は変わらず落ち着いたトーンで話を続けた。

「もし、島田さんが何者かによって殺害され、先生の鍵を使って密室が作り出されたのだとしたら、犯人は昨日、この部屋を訪れているはずです」

「それなら、学生以外にも何人もいます」

「ただですね、犯人はここから鍵を持ち出し、島田さんを殺害した後、もう一度ここに来て鍵を元の場所に戻す必要があります」

「はあ……」

「そこでお聞きしたいのですが、昨日、この部屋に二度訪れた方はいませんでしたか?」

 山崎は指で「二」を作りながら言った。

 福永は、すぐには答えなかった。該当する人物が思い浮かばなかった訳ではない。むしろ、その人物はすぐに思い浮かんだ。問題なのは、その人物が彼のゼミに所属している学生であるという点だった。その人物の名を挙げてしまえば、この刑事は一気にその生徒に疑いの目を向けるだそう。しかし、もしここで嘘をつくようなら、それは自分自身がその生徒を疑っていることになってしまう。自分の生徒を信じているからこそ、ここは真実を話すべきだと、福永は意思を固めた。

「一人だけ、います」

「……どなたですか?」

「……前園さんです」

「それはいつ、どのような用件で?」

「一度目は、昼休みの少し前だったと思います。次の課題について教えて欲しいと。ある程度聞いたら『もう大丈夫です』と言って出て行きました。そして、それから数十分後にもう一度やって来ました。どうしたのかと聞いたら、さっきここで学生証を落としたと言ったんです。確かに、彼女が座っていた椅子の下に、彼女の学生証が落ちてました。それを取ったら、今度はすぐに出て行きました」

「……なるほど」

 山崎は空中を眺めながら何かを考えていた。

「しかし、刑事さん。彼女は犯人じゃない! 犯人な訳がない! だって、彼女と島田さんは、小学生の頃から十五年近くも一緒にいる親友です! そんなことがあるわけーー」

「私も、そう信じています。話しにくいことを話していただき、ありがとうございました」

「……」

「どういたしまして」という返事は無かった。

 山崎は福永に丁寧にお辞儀をすると、「失礼します」と言い残し、教授室を出て行った。

 福永は何とも言えない気持ちになりながらも、来週までに仕上げなければならない論文に取り掛かる他なかった。

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