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山崎警部と妹の日常  作者: AS
125/153

愛しすぎた女6

 山崎、カオル、エリナの三人が、ゼミ室から一番近い教室に入ると、中では福永を含めたゼミメンバーが並んで座っていた。当然のことながら、空気は重かった。山崎たちを見ると、全員が立ち上がって頭を下げた。

「ああ、どうかそのままで。どうもはじめまして。私、今回の件を担当いたします、山崎と申します。で、こちらが妹のカオルです」

「はじめまして! 山崎カオルです! よろしくお願いします!」

 当然のように紹介された刑事の妹と、その娘のこの場にふさわしくないテンションに、ゼミメンバーは少なからず困惑しているようだった。エリナにとって、この光景もすっかり慣れっこだった。

「すみません。この兄妹変なんです。どうかお気になさらないでください」

 そう説明したとしても、「ああ、そうですか」と納得してくれる人などいないことは分かっていたが、一から説明する気も時間も無かった。

 ゼミメンバーの対面に山崎、カオル、エリナが座る形で、全員が腰を下ろした。

「改めて、この方たちが亡くなった島田さんと同じゼミに所属していたメンバーで、こちらから前園さん、鈴木さん、桂木さん、清水さん、そして教授の福永先生です」

 エリナは、端から順番にゼミメンバーを山崎に紹介していった。山崎が来る前に数分挨拶をしただけで、五人の名前と顔をしっかり記憶しているのはさすがだと、山崎は内心思っていた。

「ええ、皆さん。この度はお気の毒でした。お辛いとは思うのですが、島田さんを発見するまでの経緯をお話し願えますでしょうか?」

 山崎の言葉に、鈴木たちは顔を見合わせ、誰が話すかを無言で相談していた。その状況を察したのか、教授の福永が口を開いた。

「僕からお話しします。今日、僕は教授室でずっと仕事をしていたんですが、確か昼休みがちょうど終わった頃だったから、十三時ぐらいかな。こちらの清水君が、血相を変えて教授室に入ってきたんです」

 福永は隣に座る清水に目線を向けながら言った。

「どうしたのかと聞くと、島田さんが大変だから、ゼミ室の鍵を持ってとにかく来てくれと言われました。言われた通り、清水君と一緒にゼミ室に急ぐと、そこには既に鈴木君、桂木君、前園さんもいて、普段は開いてるはずのゼミ室の鍵が閉まっていました。そして、鍵を開けて中に入るとーー」

 福永は俯き、それ以上何も言わなかった。

「なるほど。あの部屋の鍵は、先生以外には誰が?」

「僕が持っているのと、この学部棟の事務室にもう一つ」

「その事務室にある方は島田さんが持っていました。先生の鍵は今日どこかに持ち出されましたか?」

「いえ。僕は今日、清水君に呼ばれてゼミ室に行った以外は、ずっと教授室に籠もってましたから」

「なるほど。分かりました。では、生徒のみなさんにお聞きします。皆さんは先生がゼミ室へ駆け付けたとき、既に全員揃っていたとのことでしたが、島田さんに何かあったと、どうして分かったんですか?」

 これには鈴木が答えた。

「電話があったんです。優里から」

「電話?」

「はい。昼休みの時間、僕たちはみんな食堂にいたんですけど、ちょうどそのとき、前園さんに優里から電話がかかって来たんです」

「そうなんですか?」

 山崎は端で小さくなっている敦美に問いかけた。

「はい……」

「電話では何と?」

「その……今までありがとう、とか……。さよならとか……。そんなことを言ってました」

「……そうですか。すみません。辛いことを思い出させてしまって」

「いえ……」

「その電話を受けて、慌てて僕たちがゼミ室に向かうと鍵が閉まってて、名前を呼んだりドアを叩いたりしても返事が無かったので、先生に鍵を貰おうってことになってーー。この後はさっきと同じです」

「なるほど……。ありがとうございます。よく分かりました」

 そう言うと、山崎はエリナに目で合図した。エリナはそれを瞬時に理解し、さっきゼミ室で山崎に見せたトレイを、鈴木たちの前に出した。

「これは島田さんが亡くなったときにお持ちだったものです。何か気になるものはありますか?」

 トレイの上にはさっきと同じ、優里のスマホと財布、Bluetoothイヤホン、一口サイズのチョコレート菓子が乗っていた。それらを見せた瞬間、福永を含めたゼミメンバー全員の視線が、一点に集中した。それに気付いた山崎が尋ねる。

「何か気になりますか?」

「あの……チョコ……」

 桂木がぼそぼそと呟くように言う。

「チョコ?」

「アレルギーなんです」

 桂木の代わりに鈴木が答えた。

「優里はチョコアレルギーを持っていて、食べたら蕁麻疹が出るんです」

「それは皆さんご存知のことですか?」

 山崎の問いに、全員が無言で頷いた。

「なるほど……。ということは、島田さんがチョコレートを持っていた理由は二つ考えられます。誰かに貰ったか、もしくは誰かにあげるために島田さん自信が購入したか。どなたか心当たりのある方は?」

 鈴木たちは顔を見合わせるだけで、何も答えられなかった。

「では、島田さんがチョコレートをあげる相手として考えられる方はいませんか? 例えば、チョコレートが好物の方とか」

「それならーー」

 清水が端に座る人物に目をやった。それにつられるようにして、他のメンバーもその人物に視線を向けた。全員に見られた敦美は、何か聞かれるまで無言を貫くことにした。

「前園さん、でしたね。チョコレートがお好きなんですか?」

「……まあ」

「週にどれくらい食べられますか?」

「……一日一個は」

「それは相当お好きですね。時に前園さん」

「……はい」

「今日、島田さんとお会いする約束などはされてましたか?」

「……いえ」

「……そうですか」

 山崎は敦美の顔を観察するように見た後、ゆっくりと言った。その顔には笑みがこぼれていた。

 ふと、山崎が隣のカオルを見ると、カオルは鈴木の方をじっと見ていた。

「カオル?」

 カオルは山崎の問いかけを無視して、鈴木に尋ねた。

「ねえ。鈴木さんって、亡くなった島田さんと付き合ってたの?」

「え? そうなんですか?」

「え……あ、はい……」

 鈴木は少し驚いた様子で答えた。

「よく分かったな、カオル」

「だって、この人だけ島田さんを下の名前で呼んでたんだもん。あとは何となくの雰囲気で」

 山崎は満足そうに頷いた。

「それで言うと、前園さんは優里と小学生からの親友ですよ」

 桂木が言った。

「そうなんですか?」

 山崎が敦美に問う。

「ええ、まあ。性格は真逆でしたけど……」

「そうですか。さぞかしお辛いでしょう。皆さんも、今日はゆっくりお休みになってください」

 山崎はゼミメンバー全員に向けて言った。

「では、我々はこれで」

 そう言うと、山崎ら三人は立ち上がり、教室を出て行った。

 山崎たちが出て行ってすぐ、福永は学生たちに、山崎から言われた通り、今日は真っ直ぐ家に帰るよう告げ、先に教室を出た。それから順に清水、桂木、鈴木、最後に敦美が教室を後にした。



 警察の聞き取りも終わり、帰宅しようと敦美が学部棟を出ると、すっかり紅葉した木の下にあるベンチに、鈴木が一人、俯いて座っていた。今この考えが浮かんでしまうのはさすがに不謹慎だと思ったが、しかし確かにこのとき、敦美は「チャンスだ」と思った。

 敦美はベンチの方へ近付き、鈴木の隣へ腰を下ろした。

「あ、前園さん……」

 ずっと下を向いていた鈴木は、敦美が隣に座ってくるまでその存在に気付かなかったようだった。

「俺、こんなの初めてだから、どうしていいのか分かんなくて……」

「恋人が自殺するなんて普通あることじゃないよ。私も親友が自殺するなんて初めての経験だから、なんて言ったらいいのか分からない……」

 そう言うと、敦美は鈴木の左手に、そっと自分の右手を重ねた。鈴木は、初めは少し驚いたようだったが、敦美の手を拒否することはしなかった。

「私たち、仲間、だね……。大切な人を亡くした者同士。

「……うん」

 自然と敦美の手が鈴木の手を握り、やがて二人は指を絡めるように手を握り合い、互いに強く握り締めた。

「……鈴木君」

「何?」

「ずっと鈴木君に言いたかったことがあるの。こんなときに言うべきじゃないのは分かってる。けど、今言わせて」

「……」

「私、鈴木君のことーー」

 二人の顔は、今にもキスしてしまいそうなほど近かった。

 そのときだった。見覚えのある黒いスーツの男と、秋らしいチェックのロングスカートを履いた女が、敦美の視線の先に入った。

 敦美に観られていることに気が付いたらしい男は、軽く会釈をして立ち去って行った。一緒にいた女も、男を真似るように頭を下げ、楽しそうな笑顔で男の後をついて行った。

「どうかしたの?」

 敦美の様子がおかしいことに気付いた鈴木が尋ねた。

「え? あ、ううん。何でもない。じゃあ、またね」

「え? ああ、うん……」

 ベンチから立ち上がり去って行く敦美を、鈴木は期待が外れたような、名残惜しそうな顔で見送った。

 帰路につく敦美の胸は、これ以上にないほど波打っていた。

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