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山崎警部と妹の日常  作者: AS
124/153

愛しすぎた女5

 狭いゼミ室の中で、警官や鑑識たちが右往左往していた。

 いつものように、先に着いて作業しているのは東堂エリナと小倉マイコで、山崎は遅刻していた。おそらくまたあの妹と一緒に現れるだろうことは、その場にいる誰もが予想していたことだったので、もはや誰も山崎の遅刻について指摘するものはいなかった。

「ねえ、マイコさん。ちょっといいですか?」

「何? 東堂さん」

「最近、山崎さんがマイコさんの話になると、妙に様子がおかしくなるんですよ」

「へえ。どんなふうに?」

「なんていうか、やたら汗をかき出して、言葉も詰まって何を言ってるのか分かんないぐらいで。マイコさん、やっぱりこの前山崎さんと何かあったんじゃないんですか?」

「うーん、どうかなあ。気になるの?」

「え! いや、気になるとかじゃないですけど、このままだと仕事に支障が出るかもしれないので、一応知っときたいというか……」

「まあ、仕事に支障が出るのは困るわね。じゃあ教えてあげると……」

「はい……」

「まず、二人で食事に行って……」

「はい」

「その後、一緒にゲームセンターで遊んで……」

「……はい……」

「その後、終電が無くなっちゃったから、一緒に近くのホテルに入ったの」

「……そ、そうですか……」

 マイコの話に、エリナは少なからずショックを受けているようだった。初めはちょっとからかうつもりで話していたマイコだったが、さすがに気の毒になり、本当のことを話してやることにした。

「でもね、東堂さん。実はそのときはーー」

「お疲れ様でーす」

 そのとき、マイコの言葉を遮るように山崎がやって来た。相変わらず遅刻したことを悪びれもせず、相変わらずの黒いスーツで、そして相変わらず、隣には妹のカオルを連れていた。このカオルについても、今更言及するするものは一人もいなかった。

 一年中黒いスーツを着ている山崎に対して、カオルは季節ごとにおしゃれを楽しんでいた。すっかり秋めいた今の季節は、可愛らしいチェックのロングスカートを履いていた。普段は脚を出していることが多いので、エリナやマイコを始め、カオルのことをここ最近知った者たちにとっては、これはこれで新鮮だった。

「『お疲れ様でーす』じゃないです。遅刻ですよ、山崎さん」

「すいません、東堂さん。カオルが遊べ遊べってうるさくて……」

「私のせいにしないでよ! お兄ちゃんの想像を絶するルーズさのせいでしょ!」

「兄を所得隠し芸人みたいに言うんじゃないよ」

「もういいですから。状況を説明したいので、さっさと現場見ちゃってください」

「あ、はい。何か東堂さん、機嫌悪いですか?」

「はい? 別に全然悪くないですけど!? 早く仕事してください!」

「は、はあ……。明らかに何か怒ってると思うんだけどなあ」

 理不尽に怒られる山崎を、マイコは痛々しく見ていた。自分のせいでこういう状況になっているのだから、助け舟を出してやろうとも思ったが、面白いのでこのまま放置することにした。エリナには後で時間があるときにゆっくり真相を話してやればいい。

 マイコがそんなことを考えているうちに、エリナは山崎を部屋の奥へと促しつつ、状況説明を始めた。

「亡くなったのは島田優里さん、二十歳。自ら毒物を飲んで自殺したものと思われます」

「まだ若いのにーー。自殺の根拠は?」

「遺体が発見されたとき、この部屋は密室でした。島田さんのポケットからこの部屋の鍵が」

「ふむ。発見されたときの状況は?」

「同じゼミの生徒と先生が鍵を開けて中に入ったそうです。鍵はその先生がもう一つ持っていたそうです。窓の鍵も閉まってました。」

「なるほど。遺書は?」

「ありません。ただ、自殺する直前に島田さんと電話で話したという方が、遺体を発見した生徒の中にいました」

「そうですか。その方たちは今どこに?」

「別室に待機してもらってます」

「後でお話を」

「分かりました」

「飲んだ毒物というのは?」

「これです」

 エリナは、机の上に置かれた瓶を指差した。山崎は手袋をはめ、瓶のラベルを読んだ。

「ストリ……チニネ?」

「ストリキニーネ。劇物にも指定される猛毒よ」

 説明したのはマイコだった。

「あ、カオルそれ知ってる! 推理小説とかによく出てくるやつだよね!」

 カオルがマイコに言う。

「ええ、そうよ。ストリキニーネは薬として使われることもあるけど、主な利用法は殺鼠剤ね。ほんの三十ミリグラムもあれば人間をあっという間に殺せるわ。これを飲んだ人間は、直後に全身が硬直、痙攣を起こして、その後筋肉が激しく痛み出す。やがて呼吸困難になって死に至るわ。さぞ苦しかったでしょうね」

「そうですか……」

「ええ。死にたいからって、わざわざそんな苦しい死に方選ぶかなあ」

「カオルさん、ちょっと黙ってて」

「いや、カオルの言うことにも一理あります」

 エリナの反論に対して、山崎は自分の妹の意見に同調した。

「自殺する人間のほとんどは、できるだけ苦しまない死に方か、あるいは苦しみや痛みが一瞬で終わる死に方を選ぶことが圧倒的に多い。それでいくと、このストリキニーネはその真逆です。薬科大学に通う島田さんが、このことを知らなかったとは考えにくい。東堂さん、この毒はどこに?」

「この部屋に元々置いてあったみたいです。薬科大学ということもあって、ここには普段からいろんな薬が置いてあるみたいです。その中には、こういう危険な毒物も」

 エリナはゼミ室の薬品棚を指差しながら言った。

「なるほど……」

「もしかして、自殺じゃないとか?」

「いえ、それはまだ分かりません。手っ取り早く自殺するために、一番近くにあった毒を使ったとも考えられます。まずは関係者の話を聞いてみないと」

「それに、自殺を覆すには解決しなきゃいけない問題があるわ」

 横で聞いていたマイコが話に入ってくる

「密室、ですよね」

 エリナの答えに、マイコは無言で頷いた。

「あ、そうだ。山崎さん。島田さんの亡くなったときの所持品、ご覧になりますか?」

「はい。お願いします」

 エリナは、部下の警官からトレイを受け取り、山崎の前に差し出した。トレイの上にはあまり物は乗っておらず、スマホと財布、Bluetoothイヤホン、そして一口サイズのチョコレート菓子が乗っていた。

「何か気になることありますか?」

「うーん……。とりあえず、これは発見者の皆さんにも見てもらいましょうか」

「分かりました。では、皆さんがいる部屋へお連れします」

「お願いします」

 エリナは山崎を部屋の外へと連れ出した。その後ろにカオルもぴったり付いて来ていることをも、指摘するものはもう一人もいなかった。

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