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山崎警部と妹の日常  作者: AS
122/153

愛しすぎた女3

 全ての準備は整い、後は昼休みを待つだけとなった。昼休みまではあと一時間ほどある。この一時間の間に、さっき敦美が教授室で盗み出したゼミ室の鍵が、白衣のポケットから無くなっていることに福永が気付く可能性があったが、福永は実験のとき以外はあの白衣は着ない。そして、今日は座学の授業しかない日だ。福永が白衣に触れることはまずないだろう。

 敦美は再び誰もいないゼミ室に戻り、水を一杯飲んだ。

 ここまでは上手くいっている。鍵を盗んだときは少しヒヤッとしたが、幸い論文に集中していた福永は特に不審には思わなかったようだ。そして、この後がこの計画の最大の山場だ。優里が昨日の指示通りに行動してくれることを、今は祈るしかなかった。

 特にすることもなく、窓の外をぼうっと眺めているうちに、昼休みまであと十五分という時間になった。そのとき、ゼミ室のドアをノックする音がした。優里だ。少し早いが、もう来たらしい。敦美は改めて気持ちを入れ替えた。計画通りに事が運ぶかは分からないが、優里を殺したいという気持ちだけは揺るがないことを、敦美は確信していた。

「敦美? 私だけど」

「入って」

 そう言うと、ドアを開けて優里が入ってきた。普段はゼミ室に入るのにノックなどしないが、昨日の電話での会話から、只事ではないことを察したのだろう。優里は少し警戒しているように見えた。

「どうしたの? 何? 大事な話って」

「とりあえず座って」

 敦美は椅子に座るよう促した。優里は、いつも自分が座っている席に腰を下ろした。

 その間に敦美はドアの方に向かい、ドアの鍵を閉めた。

「そんなに誰かに聞かれたら困る話なの?」

「うん。まあ……」

「ふーん。で? 何の話?」

「その前に、あれ、持ってきてくれた?」

「ああ。ちゃんと持ってきたよ。ほら」

 そう言って、優里は懐から一つの鍵を取り出した。それは、このゼミ室の鍵だった。もちろん敦美が福永から盗み出したものとは別の、この学部棟の事務室に保管されてあるものだった。

「なんて言ってもらって来たの?」

「『福永教授が持ってきて欲しいって言ってます』って言ったらすぐに貸してくれた。ほんと大丈夫かな、この学校の防犯意識」

「大学なんてどこもそんなものでしょ」

 優里と敦美は笑いながら話した。まさかこの後、一方が他方を殺そうとしていることなど、傍から見れば微塵も想像できないほどだった。

 そして、ここまでは敦美の計画は全て上手くいっていた。後は、さっきの粉末を飲み物に混ぜて、優里に飲ませればコンプリートだ。敦美は、自分の胸が高鳴るのを感じた。

「早かったのね。まだ昼休み前なのに」

「うん。二限の授業が早めに終わったの」

「そう……」

「……じゃあ、そろそろ話してもらっていい?」

「うん……。そうだね」

 敦美は優里の対面に腰を下ろした。

「あのさ……」

「うん」

「……あ」

「何?」

「何か飲み物淹れよっか。喉乾いたもんね」

「別に乾いてないけど……」

「何にする? コーヒー? お茶?」

「……じゃあコーヒーで」

「オッケー」

 そう言うと、敦美は立ち上がり、窓際に置いてあるコーヒーメーカーの方へ歩き出し、優里に背を向けた状態でコーヒーを作り始めた。

「鈴木君とは上手くいってる?」

「え?」

 唐突な敦美の問いかけに、優里は少し驚いた。

「……まあ、うん。仲良くやってるよ。何で?」

「そうか……。上手くいってるのか……」

「ねえ、敦美、何か変だよ? 何かあった?」

「……”何か”は、ずっと前からあるよ」

「……どういう意味?」

「例えば、本当に例えばの話ね。私が、鈴木君のことが好きだって言ったら、優里はどうする?」

「え……?」

「だから例えばの話だってば。優里はどうするのかなって、単純に思っただけ」

「……。そうだなあ……。そりゃ正直良い気はしないけど、人が人を好きになるのは悪いことじゃないし、私がどうこう言う権利はない……と思う」

「……」

「でもやっぱり嫌かな。申し訳ないけど、敦美には諦めてって言うかも。私、自分が思ってるより健一のこと好きみたい」

「……そう」

「敦美も彼氏つくったら? せっかく美人なのにもったいないよ」

「彼氏……ね……。ねえ優里」

「何?」

「私と優里って、友達……でいいんだよね?」

「もちろん。私と敦美は、人生で一番の親友だよ。って私は思ってるけど、敦美は違うの?」

「……ううん。私も、優里のこと、大親友だと思ってるよ」

 敦美は窓の外を眺めたまま言った。そして次の瞬間、懐に入れていたジップロップを取り出し、中の粉末をコーヒーカップの中に素早く注いだ。

「何? 大事な話ってそれ?」

「え? うん……。まあね」

 敦美はコーヒーカップを二つ持ち、一つは優里の前に置き、一つは自分で一口飲んだ。

「何だ。何言い出すのかってドキドキしちゃった」

「そうなの?」

「そうだよ。大学辞めるとか言い出したらどうしようとか、急に結婚するとか言い出すんじゃないかとか、いろいろ想像しちゃったんだから」

「はは」

 笑いながら、敦美はまた一口コーヒーを飲んだ。それにつられるようにして、優里もコーヒーに口をつけようとした。その直前で優里の手が止まり、敦美の目をじっと見つめた。

「ねえ敦美。確認なんだけど……」

「……何……?」

 敦美は今にも心臓が飛び出そうだった。

「……敦美は、別に健一のことが好きとかってわけじゃないんだよね?」

「あ、当たり前じゃない。知ってるでしょ? 私が男になんて興味ないこと」

「……そっか。それならいいんだけど。敦美とは、ずっと親友でいたいから」

 笑顔でそう言った優里は、コーヒーに口をつけた。

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