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山崎警部と妹の日常  作者: AS
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愛しすぎた女1

 東洋薬科大学薬学部キャンパスの中心に立つ大きな木は、すっかり衣替えを終え、黄色やオレンジの葉で彩られていた。木の周りのベンチでは、学生たちが各々の時間を過ごしている。学部棟の二階を歩いていた前園敦美は、その景色を眼鏡越しに眺めていた。

「敦美ー!」

 声のした方を見ると、そこにいたのは島田優里と鈴木健一の二人だった。

「来てたんだ」

「うん」

「ちゃんと学校来ないと留年になるよ?」

「大丈夫。ちゃんと出席日数は計算してるから」

 本気で敦美の卒業を心配する優里を安心させるように、敦美は穏やかな笑みを浮かべた。

「そう。ならいいけど。でも、急病で来られなくなることもあるかもしれないんだから、もっと余裕持って来なきゃ駄目だよ」

「分かってる。心配しないで」

 と、隣で二人の話を黙って聞いていた鈴木が口を開いた。

「再来週、福永先生の授業でレポートあるけど大丈夫? もしやばかったら手伝おうか?」

「ううん。大丈夫。ありがとう、鈴木君」

 敦美は鈴木に笑顔を向けながら言った。鈴木は、隣に優里という恋人がいるにも関わらず、少なからずその笑顔に照れた様子を見せた。だが、それも無理はなかった。敦美は雰囲気こそ地味で物静かだが、かなり美人の部類に入る方だ。元々大人しい性格で、化粧も薄めで、服装も暗めのものばかり着ているが、きちんとメイクをしてファッションにも気を遣い、さらに彼女を地味に見せている眼鏡を外せば、周りの男子学生たちは敦美を放ってはおかないだろう。ただ、恋愛に対してあまり興味を示さず、むしろ億劫なものと考える敦美にとっては、今の方が好ましいと言えた。

「じゃあまたね。ちゃんと学校来なよ?」

「分かった。ありがとね」

「またゼミのメンバーで飯でも行こうよ」

「うん。鈴木君もまたね」

 敦美に別れを告げると、優里と鈴木は敦美の後方へと歩いて行った。

「ねえ、この後カフェでも行かない?」

「いいよ。いつものとこ?」

「それがね、この前いいとこ見つけたんだ」

「へえ。なんてとこ?」

 去って行く二人から、そんな会話が聞こえた。敦美はその会話を聞きながら、二人の、とりわけ鈴木の背中を、いつまでもじっと眺めていた。


 敦美と優里とは小学校からの幼馴染であった。明るく快活な優里と、静かで大人しい敦美がすぐに仲良くなったのは、クラスメイトや教師の誰もが不思議に思った。家が近所だったこともあり、休みの日は必ず優里が敦美の家へやって来て、外へ連れ出すのだった。

 それから中学、高校、そして現在の大学までずっと一緒に成長してきた二人は、まさに親友と言えた。そんな二人の関係に、最近になってある変化が起こり始めていた。優里に恋人ができたのだ。

 昔から異性にモテるタイプだった優里は、これまで幾度となく男子から告白されていたが、そのどれもを断っていた。優里も敦美と同様、あまり男女の交際というものにそれほど興味がなかった。しかし、大学二年生になり、同じゼミに所属した鈴木に、優里は生まれて初めての恋をした。そして何の因果か、鈴木の方も優里に対して好意を持っていたのだった。二人が交際を始めるまでに、そう時間はかからなかった。

 学部の中でも目立つタイプだった二人は、同じキャンパスにいる者なら誰もが知る美男美女カップルとなり、同窓生や後輩たちから憧れの目で見られるほどだった。それでいて、思いやりがあり、かつ器用だった優里は、恋人ができたからといって友人関係を疎かにするような人間ではなかった。特に親友である敦美に対しては、これまでと変わらず好意的に接してくれていた。敦美と優里の関係にヒビが入り始めたのには、別の理由があったのだった。


「前園さん」

 敦美が声のする方を見ると、そこには二人の男子学生がいた。敦美や優里、鈴木たちと同じ福永ゼミに所属する桂木と清水だ。

「久しぶりだね」

「うん」

「さっきから何か向こうをじっと見てたけど、どうかしたの?」

「……ううん。別になにもーー」

 敦美が答えるより先に、さっきまでの敦美の視線の先にいた優里と鈴木を見た桂木が言った。

「ああ、あの二人か。そういえば、前園さんと島田って幼馴染だったよね?」

 自分には”さん”付けなのに、優里のことは呼び捨てにするこの男たちに、敦美は距離感の差を感じていた。

「うん。そうだけど……」

「いいなあ」

「何が?」

「だって、島田のこと、昔から知ってるんでしょ?」

「そうだけど……それがどうかしたの?」

「羨ましいよ。だって島田って可愛いじゃん」

「……そうだね」

「ところでさーー」

 二人の話の腰を折るように、清水が割って入って来た。

「前園さん、さっき健一のこと見てなかった?」

「……え……」

 この言葉に、敦美は少し動揺した様子を見せた。清水と桂木は、その変化を見逃さなかった。

「あれ? もしかして図星?」

「え? もしかして前園さんって健一のこと……」

「な、何……?」

「あ、その感じ! やっぱりそうなんだ! いやあ、そうなんじゃないかとは思ってたけど、まさかーー」

「や、やめて……」

 それだけ言い残すと、敦美は逃げるようにその場を去って行った。

 その様子を見た桂木と清水の二人は、顔を見合わせてニヤニヤと笑った。

「まさか前園さんがねえ」

「これって、三角関係ってこと?」

 この後二人は夕食を共にしたが、会話の内容はこの話題に終始することになった。


 自宅のアパートに帰って来た敦美は、部屋着に着替えるとそのままベッドに倒れ込んだ。

 下衆な奴らめ。まだ桂木と清水のにやついた顔が頭から離れず、敦美は苛ついていた。しかし、敦美と優里、そして鈴木の三人が、三角関係になっていることは事実だった。事実だからこそ腹が立ったのだった。

 敦美は自分を落ち着かせるため、冷蔵庫から麦茶を取り出し、コップに注いで一気に飲み干した。

 そして、大きく息を吐いた敦美は、あることを決意した。前々から練っていた計画を、実行するときが来たのかもしれない。

 敦美はもう一度ベッドに倒れ込むと、改めて脳内でこの計画のシミュレーションを行った。

 既に何度も検証した計画だが、慎重になるに越したことはなかった。

 そして、ある程度シミュレーションが終わると、敦美はスマホを取り出し、電話をかけた。電話はすぐに繋がった。

「もしもし。ごめんね、こんな時間に。ちょっと優里に話したいことがあるんだ。明日の昼休み空いてる? ……うん。結構大事な話。だから、二人だけで話したいの。……うん。ごめんね。じゃあ、明日、昼休みにゼミ室で。あと、一個お願いがあるんだけどーー」

 数分間の会話の後、敦美は電話を切った。

 敦美は高鳴る胸を抑えようと、仰向けになって目を瞑った。

 明日、私は優里を殺害する。

 敦美は、想像していたよりも冷静な自分に気付いた。

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