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山崎警部と妹の日常  作者: AS
114/153

愛され過ぎた女9

 綾乃から徹の勤務先を聞いたエリナは、翌日昼過ぎにその場所を訪れた。

 徹や根元が務めていた松山電機は、誰もがその名を知るほどの大手電機メーカーで、都心に巨大なビルを構えていた。

 エリナがそのビルに入ると、そこは広いロビーになっており、スーツを着たサラリーマンたちがあちこち忙しなく歩き回っていた。他にもロビーにはコンビニや喫茶店も設置されており、利便性は非常に高そうだった。

 入口から真っ直ぐ歩いた先に受付があったので、エリナはそこに座っている受付嬢の一人に話しかけた。

「すいません。警視庁の東堂と申しますが、営業の根元さんはいらっしゃいますでしょうか?」

「失礼ですが、アポは取られてますでしょうか?」

 受付嬢は立ち上がり、エリナに応対した。受付嬢は全部で三人いたが、三人ともが驚くほどの美人だった。これは会社の体裁を保つというだけでなく、これから社会を担う若者たちに、この会社で働きたいと思ってもらったり、また仕事先のクライアントに舐められない為にも、真っ先に会社外の人物と触れ合う受付嬢という仕事を、半端な人物には任せられないという、大企業ならではの思想が窺えるようだとエリナは思った。もちろん容姿が良いだけでなく、仕事もきちんとこなせる人材なのだろう。

「はい。警視庁の東堂と言えば分かると思います」

「かしこまりました。少々お待ちくださいませ」

 そう言うと、受付嬢は内線電話をかけ始めた。警察と名乗ったことで怪訝な顔をされるかと思ったが、特にそんな様子はなく、笑みをその美しい顔に貼り付けたまま、電話口で根元を呼び出していた。

「確認が取れました。こちらを首からおかけになり、九階までお上がりください。エレベーターはこの先になります」

 電話を切った受付嬢は、ゲスト用の入館証をエリナに手渡し、会社内に繋がるゲートの方にエリナを促した。

 受付嬢に言われた通り九階まで上がると、広いオフィスで数十人のスーツ姿の男たちがせっせと働いていた。女性も数人いるが、あまり数は多くはなかった。この会社の社員の男女比はそれほど差がある訳ではないはずだが、営業課という部署が影響しているのだろうかと、エリナは想像した。

 エリナが誰に声をかけようかと少し迷っていると、「すみません、東堂さんですか?」と、向こうから男性に声をかけられた。

「はい、そうです」

「あ、どうも。根元です」

「あ、根元さんですか。警視庁の東堂です」

「ちょっと場所を変えましょうか」

「あ、はい。そうですね」

 根元はエリナを連れてオフィスを出ると、廊下を少し歩いた。

「煙草は吸われますか?」

「いえ」

「そうですか。喫煙スペースで話そうかと思ったんですが、別の場所の方が良さそうですね」

「あ、でも、煙草の匂いや煙は特に気にしませんから、根元さんがそちらの方がいいなら私はーー」

「そうですか? じゃあ申し訳ないですけど、こちらに来て頂いていいですか?」

「分かりました」

 根元は廊下の先にある喫煙スペースへエリナを案内し、中に入った。喫煙スペースは三畳ほどの広さで全面磨りガラスになっていて、外から中の様子が見える造りになっていた。中には誰も人はいなかった。

「すいませんね。煙草が吸えるのもそうなんですが、ここならあまり人は来ないし、ゆっくり話せると思って」

 根元はポケットから取り出したセブンスターに火をつけながら言った。

「いえ。落ち着いて話せた方が、こちらとしてもありがたいですから」

「そうですか……」

 根元は煙草を口にくわえ、一息で大量の煙を吐き出した。

「あの……まずそもそものことをお聞きしたいんですが、あいつは……高柳は、本当に死んだんですか?」

 根元エリナの顔を見ずに尋ねた。

「……はい。残念ながら」

「……そうですか……。今朝、あなたから連絡をもらったときは驚きました。まさかあいつが……。昨日話したときはそんな様子なかったのに」

「それは本当ですか?」

「ええ。あいつはいつもと同じように仕事をこなして、いつもと同じように飯を食って、いつもと同じように笑顔で帰って行きました。まるで家に帰るのが楽しみで仕方ないって感じで」

「それはつまり、高柳さんには自殺をするような様子は一切なかったということですか?」

「少なくとも僕にはそんな様子は見受けられませんでしたね。ただ、あいつは極度に周りに気を遣う性格だったから、そういうのを隠していたのかもしれないですけど……」

「そうですか……」

 確か綾乃も同じことを言っていた。高柳徹という男は、本当に周りへの気配りに長けた人物だったのだろう。

「高柳さんと最も親交があったのは、根元さんだと伺ったのですが……」

「ああ。そうかもしれませんね」

 根元は灰皿に煙草の灰を落とすと、再びそれを咥え、煙を吐いた。

「あいつとは大学の頃からの同期なんです。だからもう十年以上の付き合いになりますね。あいつは高校のときに両親を事故で亡くしていて、それからは親戚の支援を受けながらずっと一人暮らしをしてたんです。本当は、高校を卒業したら働いて親戚にお金を返したいって言ってたそうなんですが、学校の成績も優秀なのにもったいないって親戚が言ってくれたらしくて、大学に通わせてもらえたそうです」

「ご親族に恵まれたんですね」

「それもこれもあいつの人柄ですよ。あいつは本当に誠実で裏表が無くて、誰にでも分け隔てなく優しく接することのできる人間でした。一度話せばみんなあいつのことを好きになる。そういう奴でした。まあ、悪く言えば馬鹿正直なんですけど」

 根元は少し笑った。エリナに会って初めて見せた笑顔だった。

 それからも根元は、高柳徹という男について知る限りのことをエリナに話した。大学に入ってからも時間を惜しまず勉強し、家庭教師と飲食店のアルバイトをいくつも掛け持ちして親戚の支援を断り、生活費を自分で稼いでいたこと。それから一流企業の営業課に就職し、人当たりの良い性格を生かしてあっという間に出世したこと。それでも全く自身を驕らず、それはあげたものだから返さなくていいと言ってくれた親戚の言葉を跳ねのけ、毎月少しずつ支援してくれたお金を返金していたことなどを話してくれた。この根元という男が、いかに高柳徹を友人として信頼し、好意を抱いていたかが十二分に伝わった。徹の遺体しか見ていないエリナも、根元の話を聞いているうちに、高柳徹という男に根元と同じような感情を抱いた。

「高柳と綾乃ちゃんを引き合わせたのも僕なんですよ」

「あ、それは奥様からお聞きしました」

「そうですか。綾乃ちゃんは元々僕のアルバイト時代の後輩で、引っ込み思案なところがあってあんまり他人と関わらなかったんですけど、高柳となら合うんじゃないかと思って、一度食事をセッティングしたんです。綾乃ちゃんは、どんな様子でした? かなり落ち込んでませんでしたか?」

「そうですね。今は、だいぶ落ち着いたみたいですが」

「そうですか……」

「あの、高柳さんと奥様は、根元さんから見て、どんなご夫婦でしたか?」

「どんな? そうですね……。良い夫婦だと思いますよ。いわゆるおしどり夫婦というか。何度かあいつの家に遊びに行ったこともありますけど、そのときもすごく仲が良さそうでしたね」

「そうですか」

「どうしてそんなことを?」

「いえ。できるだけ高柳さんのことについて知っておく必要があるので。それだけです」

「はあ……」

「では、私はこの辺で失礼します。お仕事中にお時間取らせてすみませんでした」

「いえ。全然大丈夫です」

 エリナと根元はは立ち上がり、喫煙スペースを出た。そのままエレベーターに乗り込むエリナを根元が見送った。

「本日はどうもありがとうございました」

「いえ。僕で力になれることなら、何でも言ってください。……あの、刑事さん」

「はい?」

「あいつは……何で死んだんですか?」

「それは……まだ分かりません。すいません……」

「……そうですか」

「何か分かれば、お知らせします」

「はい。お願いします」

 根元は、エリナに深々と頭を下げた。

 エリナも頭を下げ、エレベータのドアを閉めた。

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