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山崎警部と妹の日常  作者: AS
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愛され過ぎた女1

 渡辺綾乃と高柳徹との出会いは今から六年前のことだった。

 きっかけは、徹が大学からの同期で、職場も同じである根元と食事をしていたとき、根元が過去に同じ飲食店でアルバイトをしていた綾乃を呼び出したのが始まりだった。当時、綾乃は二十一歳でまだ大学生。徹は三つ年上の二十四歳で、根元と共に一流企業である「松山電機」に就職して二年目の年だった。

 そもそも綾乃と徹を会わせたのは、根元の狙いでもあった。二人の共通の知人である根元は、二人が当時特定の恋人がいないことを知っており、かつ二人の性格が合いそうな気がしていたのだった。

 綾乃はどちらかと言えば引っ込み思案な性格で、自分の思っていることを口に出せないタイプであった。そのせいで周りに勘違いされることもしばしばあり、これまで人間関係では上手く行った試しが無かったそうなのだが、根元たちアルバイト先の面々は、そんな綾乃の性格を理解し、寛大な心で彼女を受け入れた。すると、口には出さないものの、綾乃が心の中では様々なことを考え、常人にはあまり理解できないような悩みも抱えていることが、少しずつ明らかになったのだった。

 それに対し、徹は誰にでも分け隔てなく優しく接し、笑顔を絶やさず、万人に愛される男だった。誰かが困っているときは手を差し伸べ、逆に徹が困っているときは誰かが手を差し伸べてくれる。そういう関係性を、誰とでも築くことができる人間だった。

 根元は、徹の持つ寛大な心と、相手を慮る性格であれば、綾乃の難しい性格を受け入れ、優しく包み込んであげられるのではないかと思っていた。そして二人の時間が空いたタイミングを狙い、遂に二人を会わせることに成功したのだった。

 だが、二人の初対面は、お世辞にも盛り上がったとは言えなかった。綾乃の人見知りな性格もあり、徹と根元がどんなに話題を振っても、綾乃から思うような返事が返ってくることはなかった。

 二時間ほど三人で食事をすると、次の日は一限から授業があるというので、もう少し飲みたいという根元と徹を残し、綾乃は先に店を出た。

 二人を会わせたのは失敗だったかと思っていた根元に、徹は礼を言った。一目惚れだと言った。根元はこれまで、徹が異性に対して特別な感情を抱いたり、執着したりするようなところを一度も見たことがなかったが、このときの徹は違った。綾乃が帰ってから二人が店を出るまでの約一時間、徹は綾乃と話した二時間余りのことを回想しては興奮して根元に語った。

 これを聞いた根元は、そのことを綾乃に話し、連絡先を徹に教えてもいいかと尋ねると、綾乃は了承した。徹は飛び上がるように喜んだ。このとき根元は、綾乃と徹を引き合わせた自分の判断は間違いではなかったと、大いに満足した。

 徹は早速綾乃に連絡し、それからは何度か二人で食事を共にした。初めの方は、最初に出会ったときと同じようになかなか話が弾むことは無かったが、徹の優しさと誠実さから、綾乃は徐々に笑顔を見せ、話をしてくれるようになっていった。いつしか二人は、交際を始めるようになった。

 二人が交際を始めて一年が経った頃、綾乃は大学を卒業し、地元の郵便局に就職した。徹が綾乃に同棲をしないかと言い出したのはその頃だった。それは、二人の将来のことを考えての申し出であり、綾乃もそれを理解して、これに了承した。それから、徹が当時住んでいた小さなアパートに綾乃が入ってくる形で、二人の同棲生活が始まった。ワンルームだったので、二人で住むには少し狭かったが、当時の二人にとっては、お互いがすぐ側にいるというだけで満足だった。

 これまでとは違う共同生活とあって、最初はお互いの生活ルールがぶつかることもあったが、徹が綾乃に合わせる形で、少しずつ二人の生活ルールが定まっていった。綾乃が少々わがままを言っても、徹は笑って全てを赦した。いつしかそれが、二人にとっての"普通"になっていった。

 同棲生活も一年半が経とうとしていた頃、徹は綾乃を高級レストランに呼び出し、プロポーズをした。テーブルで徹が差し出した指輪に綾乃は驚いたが、次の瞬間にはその指輪を受け取っていた。すると、レストランの照明が消え、真っ暗になったかと思うと、向こうから店員が花火のようなろうそくが立ったケーキを持って来た。ケーキには、「I LOVE YOU 綾乃」とクリームで書かれたチョコレートの板が乗っていた。無論、徹が用意していたものだった。綾乃は少し気恥ずかしかったが、それ以上に、自分の為にわざわざ準備してくれていた徹の気持ちが嬉しかった。

 数ヶ月後、二人は無事に入籍し、綾乃の苗字は渡辺から高柳になった。それと同時に、二人はそれまで一緒に暮らしていたアパートを出ることにした。仕事の面でも優秀で、同年代に比べて比較的収入もあり、貯金もそれなりにしていた徹だったので、思い切って都内に新築の一軒家を買うことにした。もちろん安い買い物ではなかったが、徹のこの先の収入を鑑みれば、払えない額ではなかった。

 引越しが完了した頃、綾乃はそれまで働いていた郵便局を退職し、専業主婦になった。最後の出勤日に開かれた綾乃の送別会では、同僚の女子局員たちから終始羨ましがられた。

「いいなあ、渡辺さんは。あんなにいい旦那さん捕まえて」

「私もあんな人と結婚したいなあ」

「幸せになってね。また一緒にご飯行きましょう」

 そんな温かい言葉が、綾乃に送られた。


 順風満帆に見えた結婚生活だったが、異変が起き始めたのは、二人が結婚して三年目のことだった。

 それまでは専業主婦として、全ての家事を担い、徹を支えてきた綾乃が、だんだんそれを放棄するようになったのだった。徹が理由を聞くと、「やりたくないから」の一点張りだった。

 特にこれといったきっかけがあった訳ではない。喧嘩をした訳でも、生活に何かしらの変化が起きた訳でもない。それなのに、綾乃は徐々に家事をしなくなり、徹との会話も碌にしなくなった。

 しかし、徹はそれすらも笑って赦し、仕事で疲れて帰って来ても、毎日二人分の夕飯を作り、掃除や洗濯などの家事を嫌な顔一つせずにこなした。徹は、決して綾乃を責めるようなことはしなかった。


 事件が起きたのは、そんな生活が一年ほど続き、二人の結婚生活も四年目に入った頃だった。

 綾乃は、徹を殺害した。


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