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山崎警部と妹の日常  作者: AS
104/153

VSモンスターハウス15

 テーブルの上には、今夜も蘭と莉音の手作りの夕飯が並んでいた。今夜の献立は、野菜炒めと唐揚げ、そしてスーパーで買ってきた冷凍餃子だった。

 あれから、五人の会話は格段に減っていた。これまで食事をするときは、いつも笑顔が絶えず、全員にとって楽しい時間だったのだが、あの日以来、食卓が笑顔になることはほぼ皆無と言ってよかった。

 そんなときだった。ピンポーンという家のインターホンが鳴った。その瞬間、五人の体が反応を示した。全員が、この訪問者が誰なのか、玄関に出ずとも分かっていた。

「私が出る」

 そう言って、蘭が立ち上がり、リビングを出た。そしてすぐに、全員が思った通りの客人と共に戻って来た。

「どうもこんばんは。何度もお邪魔してすみません」

「いえ、山崎さんなら大歓迎ですよ。ねえ?」

 歩美は笑顔でサノケンと大雅に尋ねたが、二人とも気まずそうに答えることしかできなかった。

「これ、皆さんにお土産です」

 そう言って、山崎は持っていた紙袋の中から、お菓子の箱をいくつか取り出した。その中身はチョコレートやキャンディ、キャラメルや煎餅に加え、あの日黒川が持って帰って来たクッキーもあった。

「実は今日、黒川さんの出演されていた番組のスタッフさんたちから話を聞いてたんですが、そのときにスポンサーの方もいらしてまして。差し入れにお菓子を持って来たそうなんですが、肝心の黒川さんがいないんであげる人がおらず、困ってらしたので私が貰っちゃいました」

「そうなんですか。ありがとうございます。みんなで食べますね」

 蘭が笑顔で山崎に言った。

「山崎さん。今日もご飯食べて行かれます?今日のは結構美味しくできた自信があるんですけど」

「申し出はありがたいのですが、遠慮しておきます。今日は別件で参ったので」

「別件?お菓子じゃなくて?」

「はい」

 いつになく真剣な山崎の表情に、五人の表情も引き締まった。

「じゃあ、今日は何しに?」

 引き続き蘭が尋ねる。

「はい。今日は皆さんに大事なお話をしに参りました」

「大事な話?」

 サノケンが言う。

「はい。黒川さんの件です」

「……」

 リビングが凍り付く。山崎は続ける。

「少し長くなりそうなので、結論から先に言いましょう。今回の黒川さんの死は、自殺ではありません。黒川さんは殺されたんです。ここにいるモンスターハウスの住人全員の手によって」

「何を言い出すかと思えば……」

 サノケンの言葉に山崎は応じず、話を続けた。

「なぜそう思い至ったのか、順にご説明しましょう。まず私が最も怪しいと思ったのは歩美さん、あなたです」

 歩美が驚いた表情を見せる。

「あなたはあの日、一人でネットカフェに泊まっていたとおっしゃいましたね?こちらで調べたところ、確かにあなたは、あの夜駅前のネットカフェにいらっしゃいました。しかし、店員の方に聞いてみると、あなたはたったの三十分ほどでネットカフェを出てしまったそうじゃないですか。しかもそれ以降一度も戻って来なかったと。つまり、あなたにはあの夜のアリバイが無い。歩美さん。あなた、ネットカフェを出た後、どこにいらっしゃったんですか?」

「……」

 口を噤む歩美に、サノケンが助け舟を出す。

「山崎さん。それは歩美ちゃんのプライベートに関わってくる質問です。僕たちには黙秘権があります。歩美ちゃん。言いたくないことは言わなくていいんだよ」

「……うん……」

 質問の答えは得られなかったものの、山崎は問題ないというふうな表情だった。

「分かりました。この件に関しては一旦置いといて、話を続けます。私は初め、こう考えました。歩美さんが、ご自分がモンスターハウスから脱落させられるのを防ぐため、まず自分はネットカフェにいたというアリバイを作り、その後モンスターハウスに戻って、黒川さんを殺害したのではないかと。しかし、それにしてはアリバイがあまりに脆弱すぎます。ネットカフェの店員さんに聞けば、一発でそのアリバイは崩れてしまう。そして実際にそうなっています。もし歩美さんが犯人だとしたら、こんな杜撰な計画を立てるだろうか。もっと別の方法を取ったのではないか。そこで今度はこう考えました。本当は逆なんじゃないかと。つまり、主犯は別にいて、歩美さんはそれに協力している側なんじゃないか。そしてネットカフェを早く出たのは、その主犯の人物にとっても、また歩美さん自身にとっても想定外だったのではないかと」

 五人は何も言わず、山崎の言葉を聞き続けていた。

「そう考えると全ての辻褄が合ってくるんです。まず歩美さんの怪我」

「怪我?」

「サノケンが反応する」

「皆さんはご存知なのかどうか知りませんが、歩美さんは現在、肋骨にヒビが入っています。本人は趣味のキックボクシングで負ったものだとおっしゃってますが、トレーナーの方に聞いたところ、歩美さんはまだ初心者で、骨にヒビが入るほど激しいトレーニングはされてないそうです」

「肋骨にヒビ?本当?」

「……うん」

 驚いて尋ねるサノケンに、歩美は小さく頷いた。怪我のことは、山崎に見破られた以外は誰にも話していなかった。

山崎が話を続ける。

「ではいつ怪我をしたのか。調べてみたら、歩美さんは黒川さんが亡くなった日の昼間、バラエティ番組の運動企画で、走ったり跳んだりを繰り返してます。現場にいた方の話では、歩美さんにおかしなところは何一つなく、元気に体を動かされていたそうです。とても骨にヒビが入っているような様子はなかったと。そして歩美さんは次の日の朝に病院に行ってますから、歩美さんが怪我をしたのは、その前日の夜。つまり、黒川さんが亡くなった時間と限りなく近いということになります」

 歩美は俯いたまま何も答えない。

「そして歩美さんを診察したお医者様のお話によれば、歩美さんの怪我は誰かに殴られたか、蹴られたようなヒビの入り方だったそうです。このことから私は、歩美さんが黒川さんを殺害する際に黒川さんから抵抗され、そのときに怪我をしたのではないかと考えてます。しかしそう考えると、一つ疑問が浮かびます。歩美さんがいくら運動が得意だとしても、黒川さんのあの巨体に抵抗されて果たしてお一人で抑えられるでしょうか?そして彼を自殺に見せかけて殺害などできるでしょうか?それで確信を得ました。この犯行には協力者がいると。これは私の予想ですが、主犯は頭の切れる蘭さんか、リーダーシップのあるサノケンのどちらかではないでしょうか」

 歩美は涙が出そうになるのを必死で堪えているように見えた。

「そこで皆さんのあの日のアリバイを詳しく調べてみました。すると、黒川さんが遺書のメッセージを送ったとされる夜九時半には、歩美さん以外の全員に確固たるアリバイがありました。しかし、これはむしろ不自然です。だってそうでしょう?莉音さんと大雅さんがコンビニにいたのも九時半。サノケンさんが居酒屋にいたのも九時半。蘭さんが電話でマネージャーさんを叱っていたのも九時半。まるでみんなで申し合わせたように九時半にアリバイがある。普通はアリバイなんてそうそうあるもんじゃありません。だから思ったんです。このアリバイは仕掛けられたものだと。つまり、黒川さんが亡くなったのは九時半よりもっと前。遺書のメッセージは、アリバイ作りの為に黒川さん以外の誰かが送ったものです。では、誰が送ったのか。この中で唯一九時半にアリバイの無い人間。歩美さん、あなたですね?」

「ちょっと待ってくださいよ」

「はい?」

 これ以上は我慢できないと、サノケンが口を開いた。

「黙って聞いてれば好き勝手に……。僕たちは人殺しなんかしてない。それに、さっきから山崎さんが話してるのは、全てあなたの想像じゃないですか。根拠が何一つない。どうしても僕たちを犯人にしたいなら、それ相応の証拠を見せてもらわないと」

サノケンの言葉に、山崎は小さく息を吐いた。

「……分かりました。証拠をお見せします」

 その言葉に、全員が一気に緊張した。

 山崎は、懐からゆっくりとプラスチック製の小さな袋を取り出した。中には、小さな黒い紙切れのようなものが入っている。

「これ、何だか分かりますか?」

「……何ですか?」

「実はこれ、黒川さんが亡くなったとき、部屋にあった七輪の中に入っていた燃えカスです」

「……それが?」

「この燃えカスをですね、うちの優秀な鑑識が、何の紙だったか調べてくれたんです。すると、これがお菓子の箱だということが分かりました。更に調べてみたら、黒川さんが番組のスポンサーの方から貰ったものだということも分かりました」

 五人は山崎が持っている燃えカスの入った袋を見つめていた。

「そしてここからが面白いんですが、何とこの燃えカスから、指紋が出てきたんです」

「指紋?」

「はい。それもこの家の住人の方の指紋です」

「……嘘だ」

「嘘ではありません。サノケンさん。どうして黒川さんが自殺に使ったお菓子の箱に、他の方の指紋が付いているんですか?これこそ皆さんの犯行を決定づける証拠だと思いませんか?」

「嘘だ!そんな小さな燃えカスに指紋なんて残ってるはずがない!あなたは、僕たちを陥れる為に嘘をついてる!」

 山崎は激昂するサノケンの目を真っ直ぐに見つめた。

「……じゃあ、誰の指紋か言ってみてくださいよ」

「……」

「そんな小さな燃えカスに、五人全員の指紋が残ってるとは考えにくい。せいぜい一人分ぐらいでしょう。この五人の誰の指紋が残ってたのか、言ってみてくださいよ!」

「……分かりました」

「誰ですか!?誰の指紋だったんですか!?」

「……歩美さんです」

「……ふ……ふふ」

 サノケンは、思わず吹き出していた。

「やっぱりそうだ。山崎さん。あなた、僕の言った通り嘘をつきましたね?」

「……」

「いいですか、山崎さん。歩美ちゃんは、クロちゃんが持って帰って来たクッキーの箱には一切触れてないんですよ!それどころか見てすらいない!それは僕たち四人が証人です!」

 山崎は何も答えない。

 サノケンは、さっき山崎がテーブルの上に置いたクッキーの箱を勢いよく手に取り、激しく揺さぶった。

「残念でしたね!今日で僕たちを逮捕するつもりだったんでしょうけど、そんな罠には引っかかりませんよ!」

「サノケンーー」

「しかし、山崎さんがこんなセコい真似するなんてね。何度でも言います。歩美ちゃんはこの箱には一切ーー」

「サノケンもういいって!」

 サノケンの言葉を遮ったのは蘭だった。

 自分たちの勝利を確信していたサノケンは、なぜ蘭があんなにも辛そうな顔をしているのか分からなかった。

 蘭の考えていることを代弁するように、山崎が口を開いた。

「蘭さんは、もうお分かりのようですね」

「……何?……どういうことですか?」

「サノケンさん。あなたは今こうおっしゃいましたね。『歩美さんは、クッキーの箱には一切触っていない』と」

「……ええ」

「サノケンさん。あなたどうして燃えたのがクッキーの箱だってご存知なんですか?」

「……え?」

「確かにあなたの言う通り、この燃えカスからは誰の指紋も検出されませんでした。その点に関しては私は嘘をつきました。それは謝ります。ですが、あなたが男性部屋に入ったとき、この箱は既に真っ黒に燃え尽きていたはずですよ?」

「……」

「確かにこれはクッキーの箱でした。うちの優秀な鑑識が調べてくれました。スポンサーの方にも今日会って確認していただきました。しかし、どうしてあなたはこの燃えカスがクッキーの箱だと思ったんですか?ここにある、チョコレートでもキャンディでもキャラメルでも煎餅でもなく、どうしてクッキーの箱だと?私は『お菓子の箱』としか言ってませんよ?」

 山崎は、手に持っている燃えカスの入った袋を見せながら言った。

「これがクッキーの箱だと知っているのは、黒川さんが亡くなったときに同じ部屋にいて、箱が燃えるのを実際に見ていた人間だけです」

「......」

 しばらくの沈黙の後、サノケンは力尽きるように椅子に座り込んだ。

 山崎は袋を懐に戻し、一つ息を吐いた。

「……ごめん、みんな。俺のせいで……」

「違うよ。私がサノケン君の言うことを聞かなかったから」

「やめてよ。前に言ったでしょ。この計画に、誰が悪いとかない」

 落ち込むサノケンと歩美に、蘭が言った。

「そうだよ。みんなで決めたことだもん」

 莉音が続く。

「……モンスターハウスに参加するまでは、まさかこんなことになるなんて思わなかったな……」

 大雅が呟くように言った。

「俺も。まさかクロちゃんを殺して、刑務所に入るなんてな……」

「刑務所か……。やって行けるかな……」

「大丈夫でしょ」

 不安を口にした歩美に、蘭が言った。

「どうして?」

「だって私たち、あのクロちゃんとシェアハウスしてたんだよ?大概の生活は平気でしょ」

 蘭の言葉に、五人は思わず吹き出して笑った。歩美と莉音は、笑いながらも涙をこぼしていた。

 笑い声が収まると、しばらく沈黙が続いた。ふと、蘭が立ち上がった。蘭は鞄からモンスターハウスの鍵を取り出し、テーブルの真ん中に置いた。

 蘭の意図を理解したのか、他の四人も各々の鞄やポケットの中から鍵を取り出し、テーブルの上に円を描くようにそれぞれの鍵を置いていった。

「……しばらくさよならだね」

 蘭が呟く。

「また遊びに行こうね」

 歩美が言う。

「うん、絶対。約束ね」

 莉音が答える。

「莉音。俺、莉音に言わなきゃいけないことがあるんだ。罪を償ったら、話すから」

 大雅の言葉に、莉音は真っ直ぐ目を見つめて頷く。

「……みんなは誰のせいでもないって言ってくれるけど、でもやっぱり今回の件は、俺が言い出して、俺のミスで失敗したことだ。全部俺の蒔いた種だ。だから、いつか必ずみんなに償うから。……だから、また会ってくれるかな」

 訴えるように言うサノケンに、全員が笑顔で頷いた。

「……では、参りましょう」

「はい」

 山崎の言葉に、全員がほぼ同時に返事をした。

そして、蘭から順に、モンスターハウスのリビングを出て行った。


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