VSモンスターハウス13
今日のモンスターハウスの夕飯は鍋だった。
五人は鍋をつつきながら、終始他愛のない話で盛り上がり、黒川の話題は一切出なかった。というより、全員が意図的に出さなかったのだ。昨日今日と、あの山崎という刑事に五人全員が黒川の死について話を聞かれているはずなのだが、誰もその話をしようとはしなかった。
全員が気になっているはずなのに、誰もそれを口にしようとせず、上辺だけで会話するこの状況を、全員が不気味に感じていた。
そんな中で一人、莉音だけは話に参加しなかった。今日仕事場に来た山崎に言われたことが、ずっと気になっていた。そしてそれを、他の四人に伝える必要があった。しかし、莉音はなかなか切り出せずにいた。
莉音の様子がおかしいことに気付いたのは大雅だった。大雅は「どうしたの?具合悪い?」と莉音に尋ねた。しかし莉音は何も答えなかった。
「莉音、大丈夫?それか、何か言いたいことがあるの?」
大雅の言葉に、莉音は小さく頷いた。大雅と莉音以外の三人は、黙って事の成り行きを見守っていた。
「何があったの?話してみて」
大雅は優しく莉音に言った。莉音はその言葉に助けられるように、ゆっくりと黒川が後輩芸人の菊地に送っていたメッセージのことを話した。それを聞いた四人は、今日の莉音と同じく、驚きでしばらく何も言えなかった。
「そんなことが……」
サノケンは険しい顔で呟いた。
「ごめん。私がみんなに遺書のメッセージを送るときに、そのメッセージに気付いてたらーー」
「いや、歩美ちゃんのせいじゃないよ」
自分を責める歩美を、サノケンが慰めた。
「でも、そうなると何か対策を講じた方がいいかもしれないな」
「対策?」
サノケンに蘭が尋ねる。
「うん。分かんないけど、その後輩芸人に送ったメッセージに、正当な矛盾のない理由を付けた方がいいかもしれない。例えば、莉音ちゃんがクロちゃんを振った後に、やっぱり思い直して仲直りしに行ったことにするとか」
「……」
サノケンの意見に、四人は何と答えるべきか迷っているようだった。沈黙の後、蘭が口を開いた。
「……やめた方がいいんじゃないかな」
「どうして?」
「だって、普通に考えて心変わりが早すぎるもん。取ってつけて理由を考えたのがバレバレだと思う」
「でも、だったらどうしたら……」
「だからさ、何もしなくていい、というか、何もしない方がいいと私は思う」
「え?」
「私たちは犯罪のプロじゃない。変にまた新たに辻褄合わせしようとしたら、逆に状況が悪化するような気がする」
「……」
「僕もそう思う」
蘭の意見に、大雅が同調した。
「あの山崎っていう刑事さん。かなり鋭いから、細かくいろいろ聞かれたら、きっとボロが出ると思う」
「……そうか。うん、確かにそうかもしれないな。ごめん、変なこと言って」
謝罪するサノケンに、四人は少し笑うだけで、敢えて言葉はかけなかった。
五人は再び鍋をつつき始めた。雰囲気は少し暗くなったものの、また他愛のない世間話で笑い合った。
そんなときだった。「ピンポーン」というインターホンの鳴る音が、五人の耳に聞こえてきた。こんな時間に誰だろう。五人は同時に考えた。番組のスタッフなら、事前に連絡してくるはずだが、今日は何も連絡がない。もちろん出前なども取っていない。となれば、他に考え得る人物は一人しかいなかった。
全員が同じ人物を思い浮かべたのだろう。和やかだった部屋は、一気に凍り付いた。
「……俺が出るよ」
そう言って立ち上がったのはサノケンだった。サノケンは静かにリビングを出て行き、残された四人はまた無言になった。
一分もしないうちに、サノケンがリビングに戻って来た。その後ろには、全員が予想した通りの人物、山崎がいた。
「すみません、お食事中に」
「いえ、全然いいですよ。山崎さんもご一緒しますか?」
蘭が明るく話しかけた。
「え?よろしいんですか?」
「どうぞどうぞ。食事は人数が多い方が楽しいですから」
蘭に続いて、サノケンも自分の席に戻りながら言った。
「ちょうど何も食べていなかったのでありがたいです。では、お言葉に甘えて」
そう言って、山崎は空席になっている黒川の席に腰を下ろした。
山崎は、少し遠慮しながらも、自分の取り皿に白菜や豚肉、魚などを取り分けていき、次々に口へ運んでいった。
「いやあすごく美味しいです。お腹が空いてたんで特に美味しく感じます」
「喜んでもらえて良かったです。私も作り甲斐があります」
喜ぶ山崎に蘭が言った。
「あ、これ、蘭さんがお作りになったんですか。モデルさんで料理もお上手とは。将来は良いお嫁さんになりますね」
「やめてください。鍋ぐらい誰だって美味しく作れます」
そう言いながらも、蘭は褒められて悪い気はしなかった。
「……ところで、山崎さん」
すごい勢いで具材を食べていく山崎に、サノケンが言った。
「はい?」
「今日はどうしてこちらへ?まさか、一緒に夕飯を食べるためじゃないでしょう?」
「ああ、そうでした。すみません。今日お伺いしたのは、捜査の現状報告と確認のためです」
五人の顔が自然と引き締まった。
「その前に、まずは昨日今日と皆さんからいろいろとお話を伺わせていただいて、貴重なお時間を割いていただきありがとうございました」
突然感謝された五人は、一瞬返答に迷い、小さくお辞儀をすることしかできなかった。
「それでですね、皆さんからお聞きした話は、現在私の部下の東堂さんが諸々確認してくれている途中ではあるんですが、一つ確認しておきたいことがありまして。黒川さんの遺体を最初に発見したのはサノケンさんでしたよね?」
「はい」
「確か着替えを取るために男性部屋へ入ったと」
「そうです」
「それは何時頃でしたか?」
「だから、僕が居酒屋から帰って来た夜中の二時です。そう何度も話してると思うんですが」
「つまり、それまで誰もあの部屋には入っていなかったと」
「そうです」
サノケンは少し声に怒気を含ませた。そんなことは気にも留めず、山崎は顎に手を当ててまた何か考えているようだった。
「それがどうかしたんですか?」
たまらず聞いたのは歩美だった。
「いえ。ただ、皆さん随分と薄情な方だなあと思いまして」
「薄情?」
予想外の言葉に、五人は困惑した。
「どういうことですか?」
蘭が尋ねる。
「だって、皆さんのスマホには、九時半の時点で黒川さんからメッセージが届いてたわけですよね?何でしたっけ。確か『今までありがとう。さようなら』みたいな内容のものが。それなのに、誰一人として黒川さんのことは心配せず、サノケンさんが発見する夜中の二時まで、あの男性部屋で放っておいたってことですよね?普通気にして男性部屋を訪ねるか、あるいはメッセージに返信ぐらいするものだと思うんですが……」
「……嘘だと思ったんですよ」
一瞬の間を置いて、サノケンが言った。
「嘘?」
「はい。山崎さんも莉音ちゃんから聞いてますよね?クロちゃんには、嘘をつく癖があったんですよ。そうやって人の気を引きたいのこ何なのか、僕らには分かりませんけど。だから、今回もその癖だと思ったんです。それに、あの夜は歩美ちゃんのこともあって、クロちゃんへのイメージはみんな最悪でしたから。誰も信じようとは思わなかったんですよ」
「なるほど。しかし、黒川さんに虚言癖があるとしても、今回のは何かを食べたか食べてないかとか、そんなものじゃありません。いくら嘘の可能性があったとしても、無視するというのはーー」
「山崎さんの言う通り、僕らは薄情な人間なんです。というより、薄情にならざるを得なかった。あの夜だけは。どうしても、クロちゃんを許すことができなかったんです……」
山崎の言葉を遮るようにサノケンが言った。その気迫に圧されたのか、山崎もそれ以上は何も聞かなかった。
「分かりました。人間そういうときもあります。貴重なお話ありがとうございました。大変参考になりました。お鍋、ごちそうさまでした。美味しかったです」
そう言って山崎は立ち上がり、再度お辞儀をしてリビングから出て行った。
それから五人は、ほぼ言葉を交わすことなく、バラバラに眠りについた。