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山崎警部と妹の日常  作者: AS
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VSモンスターハウス12

 都内から少し離れた山の中にある貸しコテージ。ここは旅行客の宿泊用としてだけではなく、写真や映画、ミュージックビデオの撮影などにも利用されている。更には備え付けのプールなどもあり、利用者は自由に泳ぐことができるようになっている。

 そして今、そのプールには照明やカメラなどの写真撮影用の機材が置かれ、カメラマンやアシスタントたちの視線の先に、水着姿の莉音がいた。

 莉音は、普段はあまり見せることのない、相手を挑発するような目を、カメラに向けていた。

 撮影は順調に進み、一旦着替えを兼ねた休憩時間に入った。莉音はマネージャーからバスローブを受け取り、それを着てプールサイドにある白いデッキチェアに腰掛け、少し休むことにした。

 黒川を殺害してから二日が経ったが、あれ以来碌に眠れていない。黒川か生き返り、自分に復讐してくる悪夢を何度も見ては、その度に飛び起きていた。その疲れもあったのだろう。莉音はデッキチェアに座ったまま、うとうとと首を傾け始めた。

 そうして心地よい眠りに誘われそうになったとき、まどろみの中で「莉音さん」と呼びかける声が突然聞こえた。莉音はマネージャーに呼ばれたのだと思い、即座に目を覚ますと同時に、「ごめんなさい。寝ちゃって」と謝罪した。だが、そこにいたのは莉音のマネージャーではなく、見覚えのあるスーツ姿の男のだった。

「えっと、あなたは……」

「どうも。私、山崎と言います。一昨日、お宅に伺った刑事です。覚えておられませんか?」

 それを聞いて、莉音は二日前の記憶が蘇った。そうだ。この男は、黒川の死を捜査している刑事だった。

「ああ。思い出しました。すみません」

「いえ、お隣、よろしいですか?」

「あ、はい。どうぞ」

「ありがとうございます」

 そう言うと、山崎は莉音の横にある、莉音が座っているのと同じデッキチェアに腰掛けた。

「今日は何のお仕事なんですか?」

 デッキチェアに座るなり、山崎は莉音に尋ねた。

「今日はグラビアの撮影です」

「グラビア。だから水着なんですね」

「はい」

「実は昨日、蘭さんの撮影現場に伺ったんですが、それとはまた違った雰囲気ですね」

「ああ。蘭ちゃんはファッション系のモデルで、私は水着とかのグラビアアイドルなんで、確かに違うかもしれませんね」

「何となくですが、こっちの方が楽しそうでいいですね」

「ふふ。良かったです。楽しんでもらえて。今日はいないですけど、プールで撮影するとき、たまに水飛沫を出す為に、プールに太った男の人が飛び込んだりすることもあるんですよ」

「へえ。それは見てみたいですね」

「おかしくて笑っちゃうと思いますよ」

 莉音は山崎の物腰柔らかな話し方に、いつの間にか笑顔を見せていた。

「ていうか山崎さん。今日はどうしてここに?」

「ああ、そうでした。実は、今日はちょっと莉音さんにお話ししたいことがありまして」

「話したいこと?それだけの為にこんな所まで?かなり遠かったでしょう?」

「東京から車で二時間かかりました」

「それぐらいかかりすよね。東京じゃ駄目だったんですか?」

「駄目って訳じゃないんですが、たまには遠出してみたくて。警察って結構地味で退屈な仕事なんですよ」

「そうなんですか。意外です」

「はい。だから今日はグラビアの撮影に立ち会えてすごく楽しいです。今日撮ったのは何かに載ったりするんですか?」

「今日のは来月発売の雑誌に載る予定です。一応表紙で……」

「そうなんですか。発売したら是非買わせていただきます」

「ありがとうございます。……で、お話っていうのは?」

「お話?あ、そうでしたそうでした。危うく忘れるところでした。黒川さんのことなんですが、彼が亡くなった日の夜の九時半に、同居人の皆さんに遺書らしきメッセージを送っていたことはご存知ですよね?」

「……はい」

「その時間、莉音さんが何をされていたかですが、大雅さんと一緒にコンビニにいたと聞きました。これは事実で間違いないですか?」

「はい。間違いないです」

「そうですか。分かりました」

「……え?もう終わりですか?」

「え?はい。今日はその確認の為に参りました」

「それだけの為にここまで?」

 莉音は驚いて尋ねた。山崎はそれに対して飄々と答えた。

「はい。そうですよ。いやあ、ここのところ地味なデスクワークばかり続いていたので、いい気分転換になりました。では、この辺で」

 そう言うと、山崎はデッキチェアから立ち上がり、その場から立ち去っていった。

 莉音は呆気にとられ、しばらくその場を動けなかった。まさかあれだけの確認をする為にわざわざやって来るとは思わなかった。てっきり、もっと事件当夜のことについて厳しく追及されるものだと思っていた。

 予想外の展開に、莉音は少し困惑していた。あれやこれやと、頭の中で考えを巡らせていた。

「あ、そうだ」

 と、突然莉音に話しかける声がした。驚いて声の方を見ると、さっき帰ったはずの山崎が、すぐ側に立っていた。

「びっくりしました……」

「ああ、すいません。べつに驚かすつもりはなかったんですが」

「いえ……。どうされたんですか?」

「あ、そうそう。一つだけお話ししておきたいことがあったのを忘れてまして」

「はあ……」

「黒川さんが亡くなった日の夜のことなんですが、黒川さんが部屋に戻った後、あなたは男性部屋へ行き、黒川さんを振ったとおっしゃってましたよね?」

「はい。そうです」

「そしてそれは夜の七時半過ぎぐらいのことだと。間違いありませんか?」

「はい。この間お話しした通りです」

「そうですか……」

 それだけ言うと、山崎は顎に手を当てて何か考え込んでしまった。放ったらかしにされてしまった莉音は、たまらず山崎に声をかけた。

「あの、それが何か?」

「……」

「……あのーー」

「ワンワンニャンニャンの菊地さん」

「え?」

「ご存知ないですか?ワンワンニャンニャンの菊地さん」

「……どなたですか?」

「黒川さんの後輩芸人さんです。かなり親しくされていたそうですよ」

「はあ……」

 莉音は、山崎が何を言いたいのか、全く分からなかった。それを察したのかそうでないのか分からないが、山崎は話の続きを始めた。

「実は黒川さん。亡くなる前に菊地さんにLINEでメッセージを送っていたんです」

「……え?」

「それがこちらです。ご覧ください」

 そう言って、山崎は懐から小さく折り畳まれた紙を取り出し、莉音に手渡した。莉音はそれを受け取り、開いて見てみると、LINEのキャプチャ画面がプリントされていた。どうやら黒川からその菊地という人物に送られたメッセージのようだった。その最新のメッセージを読んで、莉音は戦慄した。あまりの衝撃に、莉音は何も言うことができず、今にも嘔吐しそうなほど気分が悪くなった。

 山崎は固まってしまった莉音の手から紙を抜き取り、内容を改めて読んだ。

「ここにはこうあります。『歩美はいてもいなくても変わらないから落としてやった。莉音はじきに俺のものになる。そのときはお前との飯にも連れてってやるよ』」

 莉音は鳥肌が止まらなかった。山崎も、あまり気持ちのいい顔はしなかった。

「……まあ内容が事実かどうかは置いておいて、このメッセージが送られてたのが亡くなった日の夜八時十五分です。ということは、あなたが黒川さんを振った後で、かつ皆さんに遺書らしきメッセージを送った時間よりも前ということになります。果たして、好きな人に振られた直後で、これから命を絶とうとしている人間が、こんなメッセージを送るでしょうか?……莉音さんはどう思われますか?」

 莉音は息が止まりそうになるほど焦っていた。後輩にそんなメッセージを送っていたことなど、全く知らなかった。しかし、無視することもできない莉音は、必死に思考を巡らせて何と返すべきか考えた。

「……どうしてそれを私に?」

「五人の中で、莉音さんが一番生前の黒川さんと交流があったとお聞きしたので、何か分かるかと思いまして」

「なるほど……。……私の個人的な意見ですけど……」

「はい」

「クロちゃんには、虚言癖があったんです」

「虚言癖?」

「はい。テレビとかでもよくいじられたりしてたんですけど、クロちゃんは普段からよく嘘をつくんです。本当は食べたものを食べてないって言ったり、そんなに好きじゃない女の子にも好きって言ったり、約束を破ることもよくありました」

「……」

「だから、そのメッセージも、後輩の人に見栄を張る為の嘘なんじゃないでしょうか」

「なるほど。確かに他の人ならあり得ませんが、黒川さんならその可能性は十分に考えられますね。ありがとうございます。大変参考になりました。おそらく我々だけではその考えにたどり着けなかったでしょうから」

「いえ。お役に立てたのなら良かったです」

 山崎は返事をする代わりににっこりと笑った。莉音は、その笑顔がたまらなく不気味だった。

「では、今度こそ私は退散いたします。どうもお邪魔しました。この後も撮影、頑張ってください」

「ありがとうございます。山崎さんもお疲れ様です」

 山崎は、もう一度笑顔を見せ、今度こそコテージから去って行った。

 莉音は、その後の撮影に集中して臨める気がしなかった。


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