VSモンスターハウス11
モンスターハウスは屋上に上がれるようになっており、その広いスペースは住人が自由に使えることになっている。
サノケンはよく晴れた青空の下、モンスターハウスの屋上でベンチに座り、ギターを弾きながら歌を口ずさんでいた。
一番を歌い終えると、背後から拍手の音が聞こえた。驚いて振り向くと、そこに立っていたのは一昨日このモンスターハウスへやって来た刑事だった。確か名前は山崎とか言ったはずだ。
「お上手ですね。今のは何て曲ですか?」
山崎の質問にサノケンが答える。
「僕のオリジナルです。タイトルはまだ考え中で」
「オリジナル?ご自分で作詞作曲されたんですか?」
「ええまあ」
「すごいですね。CDとか出したり?」
「ちょっと前まではミュージシャンを目指してて、インディーズで何枚か出したことはありました。残念ながら鳴かず飛ばずでしたけど。今は大工の仕事をやりながら、趣味程度に楽しんでやってます」
「へえ、そうですか」
「今度ライブやるんで、よかったら来てくださいよ。ちっちゃい箱ですけど、結構お客さん入るんですよ」
「いいですね。是非行きたいです」
「チケット用意しておきます」
「ありがとうございます。しかし、この家の屋上、こんなに広いんですね。バーベキューとかしたら気持ち良さそうだ」
山崎は屋上の真ん中に立って言った。
「はは。考えることは同じですね」
「と言うと?」
「僕たちもここに来てすぐ、この屋上でバーベキューをしたんです。ついでにそこのプールで水着になって遊んだり」
「それはいいですね。皆さん楽しまれたんじゃないですか?」
「そりゃあもう。またみんなでやろうって言ってたんですけどね……」
「……」
「……すいません。変なこと言っちゃって」
「……いえ」
「で、今日は何しに来られたんですか?」
「はい。それなんですが、お聞きしたいことがありまして」
「……まあ、大体の想像はついてます」
「本当ですか」
「昨日、大雅と蘭ちゃんのところに行ったんですよね。今日の朝には歩美ちゃんのとこにも」
「耳が早いですね」
「LINEとかで教えてくれるんですよ。みんな身近な人が自殺した経験なんて無いし、ましてやそのことに関して警察に話を聞かれることなんてまず無いですから。誰かに話さないと不安なんだと思います。僕だってそうです」
「すみません。皆さんを不安にするつもりはないのですが」
「いえ、いいんです。刑事さんはそれが仕事なんですから」
「ありがとうございます。では、私が何を聞きたいかも、もうお分かりということでしょうか?」
「クロちゃんが僕らにメッセージを送った夜の九時半以降、どこで何をしていたか、ですか?」
「その通りです。話が早くて助かります」
「いわゆるアリバイってやつですよね。刑事さんは、僕たちの誰かがクロちゃんを殺したんじゃないかって疑ってるわけだ」
「いえ、決してそんな。これは本当に形式的な質問でーー」
「冗談です。分かってますよ」
「すみません。ありがとうございます」
二人の会話は終始和やかなムードで進んだ。
「そうですねえ。あの日は確か、歩美ちゃんの脱落が決まった後、モンスターハウスの近所にある居酒屋に行ってました」
「居酒屋……。お一人ですか?」
「はい。ちょっと一人になりたいなと思って。その店、僕の行きつけなんですよ。店主の吉田さんとも顔見知りで話もしたから、覚えてくれてると思います」
「そうですか。ちなみに、お店にいたのは何時から何時までだったか覚えておられますか?」
「店に入ったのはちょうど九時半ぐらいだったかな。それで、閉店の時間まで飲んでたから、出たのは夜中の一時ぐらいですかね」
「なるほど……」
「……一応確認ですけど、これで僕のアリバイは成立してるってことになるんですよね?」
「その店主の吉田さんに確認してからになりますが、サノケンさんが嘘をついていない限りは、そうなりますね」
「よかったです」
サノケンは安堵したような表情を見せた。
「ところでーー」
安堵しているサノケンに、山崎が新たに問いかけた。
「黒川さんの遺体の第一発見者はあなたでしたね?」
「え、ええ……」
「確か着替えを取りに行く為に男性部屋に入ったとか」
「そうです。それが何か?」
「いえ、よく無事だったなあと思いまして」
「無事?どういうことです?」
「だって、あなたが男性部屋に入ったとき、そこは一酸化炭素が充満していたわけですよね?そんなところにいたら、ものの数分で死に至ってしまうんです。実際よくあるんですよ。練炭自殺に巻き込まれてしまうという事故が」
「……」
「その点あなたは優秀でした。部屋に入ってすぐに状況を判断し、適切な対応を取ったわけですから。まるでハナから練炭自殺が行われていることを知っていたかのようです」
「気になる言い回しですね。じゃあ何ですか?僕も巻き添えを食って死んだ方がよかったってことですか?」
「まさか。褒めてるんですよ、私は」
「とてもそうは聞こえないな」
「本当にそんなつもりは無いんですが……」
山崎は困ったように頭を掻いた。
「まあいいです。今日はこの辺で退散することにします」
「玄関まで見送ります」
「いえ、別に大丈夫ですよ」
「お客さんを見送るのは家主の務めですから。と言っても、この家は僕が買った訳じゃないですけど」
「はは。分かりました。では、お願いします」
そう言って、二人は屋上から階下へと降り、サノケンは山崎を見送った。
サノケンは、遠ざかっていく山崎の背中を、しばらく眺めていた。