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第一章 迷宮の最下層にある学校⑤

 第一章 迷宮の最下層にある学校⑤


 俺たちは部室棟を出ると、そのまま校舎には入らずに緑の芝生を歩きながら元、運動館だった冒険者の館へと向かう。


 やはり外は夜に近い状態になっているな。

 

 だが、蒸し暑さは感じるし、迷宮の最下層でも涼むことはできそうになかった。

 

 とにかく、これから俺の名前を冒険者の館で登録しなければならない。でないと迷宮に入るための許可証は手に入らないのだそうだ。

 

 そして、今の俺たちは武器も所持している。


 ハンスたちも動くのに邪魔にならない程度に制服の上から革の防具を身につけていた。

 俺も迷宮にいたリザードマンから奪ったという革の小手を貰ったし。

 

 果たして、冒険者となった生徒たちが集まる冒険者の館はどんな風になっているのか。

 俺も期待していないと言ったら嘘になるだろう。

 

 それと、俺の肩にいたフィズはいつの間にか姿を消していた。まるで煙のように。

 

「迷宮への入り口は校門の外にあるんだよ」


 アリスは闇の向こうに目を向けながら言葉を続ける。

 

「しかも、一歩、入り口の中に足を踏み入れると、空気がガラリと変わるから、ディン君も臆病風に吹かれないでよ」


 そう言ったアリスは金の刺繍が施された紺のケープを肩に羽織り、先端に水晶が付いた杖も手にしている。

 その何とも可愛らしい魔法使い姿に俺も頬が緩んだ。

 

「迷宮の入り口の階段は武器を持った生徒たちが警備しているんだ。でも、モンスターは入ってこないから、ただの見張りって言った方が良いかもしれないな」


 ハンスは背中に矢筒を括り付け、美しい装飾が施された弓を手にしていた。


 聞くにハンスは王都にいた時、弓の大会で何度も入賞したことがあると言う。なので、どんな的にも正確に矢を当てることができるらしい。

 

「何でモンスターが最下層に入り込まないのか、色々と諸説はあるみてぇだが、たぶん、魔王アルハザークの命令だからだろうな」


 カイルは鋭い穂先を見せる槍を手にしている。

 

「でも、エルフやドワーフなんかは時々、入ってくるよ。あと、妖精なんかも。どうもこの最下層に入れないのは人間に敵意を持っている邪悪なモンスターだけみたいだね」


 チェルシーは力のない女の子でも扱いやすそうな短刀を二本、腰に括り付けていた。

 

 ちなみに、サンクフォード学院には鍛冶を教えていた授業もあったらしく、校舎の裏側にはちゃんとした鍛冶場もあると言う。

 しかも、そこにはドワーフがいて、生徒たちの使う武器の鍛錬をしているらしい。

 

「なるほど」


 俺は腰に愛剣を下げ、部室に置かれていた今は誰も使っていないとう丈夫そうな鋼の盾を所持していた。

 盾があると動きは鈍くなるが安心感は生まれる。

 

 ま、せっかく貰った物だし上手く使いこなして見せよう。

 

「ちなみに学院の校舎には善神サンクナートと悪神ゼラムナートがいるんだよ。でも、あの二人は何というか、この状況を傍観しているだけで、ほとんど力を貸してくれないんだ」


 ハンスは苦々しい顔をしながら言葉を続ける。

 

「幾ら、このサンクリウム王国の守り神と言われているあの兄妹神でも、ラムセスの体に入り込んでいる邪神ヘルガウストと対立するようなことはしたくないみたいだな」


 神様の事情か。

 

「創造神ゼクスナートは何をしているんだろう?」


 俺は頭上を仰ぎ見ながら言った。

 

「創造神が自分を二つに分けた結果、生まれたのが善神サンクナートと悪神ゼラムナートなんだよ」


 その逸話は聞いたことがあるな。事実かどうかまでは分からなかったけど。

 

「だから、あの兄妹神が一つに戻ろうとすればゼクスナートも顕現するかもしれないな」


 ハンスは肩を竦めながら言った。

 

 創造神とも言われるゼクスナートの姿は一度で良いから見てみたいよな。その創造神と戦うようなことになったら最悪だけど。

 

「まっ、あの兄妹神はいつも喧嘩をしてるからな。一つに戻って俺たちを助けてくれることはないと思った方が良いぜ」


 そうおどけたように言って、カイルは笑った。

 

「それなら、邪神ヘルガウストと対立している聖神エルセイオンが助けてくれるなんてことはないかな?」


 俺は一縷の望みをかけるように言った。

 

「ないない」


 カイルは顔の前で手を振った。

 

「やっぱり、神や悪魔の助けは期待できないということか。まあ、分かってはいたことだけど」


 悪魔はともかく、神ですら救いの手を差し伸べてくれないのはちょっと悲しくなる。でも、実際の神なんてそんなものか。

 

 結局、頼るべきは神ではなく自分の力ということだな。

 

「ああ。神や悪魔たちにとって、この学院の状況は言わば座興のようなもの。生徒たちが幾ら苦しい目にあっても、それも楽しみの一つでしかないってところかな」


 ハンスの言葉を聞き、俺はとことん腐ってるなと思った。

 

「でも、サンクナートとゼラムナートは時と場合によっては大きな力を貸してくれるよ」


 そう口を出したのはチェルシーだ。

 

「サンクナートは【ホワイト・ナイツ】のリーダー、エリオルド会長に名剣サンクカリバーを譲り渡したし」


 岩をも切り裂く伝説の名剣サンクカリバー。剣の腕が立つ人間がそれを使えば鬼に金棒だろうな。

 

「ゼラムナートも自分を崇める生徒には、強力な闇の魔法を伝授してくれたって言ってたからね」


 チェルシーは情報通のように言った。

 

 にしても、闇の魔法ねぇ。何だか危険な臭いがプンプンと漂ってくるような言葉の響きを感じるんだけど。

 

「なら、俺たちもサンクナートやゼラムナートの力を借りることができるのか?」


 縋るように尋ねた俺は甘いだろうか。

 

「無理だと断言できるものじゃねぇが、あの兄妹神を頼ろうとするのは止めた方が良いだろうな」


 カイルが皮肉げに言葉を続ける。

 

「もし、本当に親身になってくれるなら、学院の生徒が三十人も死ぬなんてことはなかったわけだから」


 カイルは現実的な見方をするように言った。

 

「そうだよ。私は神様なんて信じない」


 アリスはキッとした目をする。

 

「もし、本当に正しい心を持った神様がいるなら、七面倒くさいことは抜きにして学院を地上に戻してくれたはずだもん」


 アリスの言うことが正論だな。

 

 人間の魔法使いにできたことが、本物の神にできないはずがない。

 

 つまり、神々は学院を救う気がないのだ。

 

 それどころか、この状況にあれこれ手を出して楽しもうとさえしているみたいだし、質が悪いにも程があるな。

 

「だよなぁ」


 俺は視線を泳がせながら、ぼやいた。

 

 それから、神や悪魔のことについてあれこれ話していた俺たちは敷地を歩いて別館になっている大きな建物の中に入る。

 

 すると、そこには大勢の生徒たちがいた。みんな目に見える形で武器や防具を身につけているし、かなりの物々しさを感じる。

 

 そんな彼らの立つ床にはホテルのロビーのような綺麗なレッドカーベッドが敷かれているし、抜けるように高い天井には目映い光を発する光石が幾つも取り付けられていた。

 なので、明かりが絶えないし、生徒たちが立ったまま談笑している館内はどこか社交場のような雰囲気を漂わせていた。

 

 俺は生徒たちが、特にたくさん集まっている場所を見る。

 

 すると、そこには大きな掲示板が取り付けられていて、仕事を紹介する紙が所狭し、と貼り出されていた。

 

 増えてきたリザードマンを倒して欲しいとか、薬にもなる一角獣の角を取ってきて欲しいとか書かれている紙を見て俺も興奮する。

 

 それから、思わず「これだよ、この雰囲気だよ!」と叫びたくなった。

 

 ギルドと来れば仕事と言っても過言ではない。

 

 その仕事の依頼する紙をこうやって眺めることができるのは手に汗握るものがある。俺が求めていた冒険者ギルドの活気が、この場所では見事に再現されていた。

 

 またしても、学生のやることだと甘く見ていたことに俺も猛省したくなる。大きな都の学生は本当に凄いな。

 

「どうだい、冒険者の館の雰囲気は。さすがに地上にある冒険者ギルドには適わないけど、けっこう活気があって良いところだろ」


 そう言って笑ったのはハンスだ。

 

 確かに掲示板にある貼り紙の多さが、生徒たちが必要としている仕事がたくさんあることを証明してるし、この場所の賑やかさにも繋がっている。

 

 俺も爺さんと旅をしていた頃は、サンクリウム王国とは別の国ではあるが、冒険者ギルドに入ったことがある。

 なので、比べることもできるし、ここには冒険者ギルドにはない若々しいエネルギーが溢れていた。

 

「そうだな」


 俺は光石の明かりが眩しく感じられたので、目を細める。

 

 でも、眩しく感じられたのは光りではなく、生徒たちの笑みかもしれない。暗闇の中に放り込まれた学校なのに、生徒たちは明るさを失ってはいなかったし。

 

「最初の頃は上手く機能させるのに苦労したみたいだぜ。何せ、学生のやることだったからな。だから、失敗することは多々あったって聞いてる」


 カイルもやはり俺と似たようなことを考えていたみたいだな。

 

「でも、冒険者ギルドの成り立ちや、その運営のノウハウを勉強していた生徒がいたから、それには助けられたみたいだね」


 アリスが笑いながら補足する。

 

 学校という特殊な場所だからこそ、知恵を働かせることが得意な人間もたくさんいたのだろう。


 普通の一般人より、学生の方が何かあった時の適応力が高いのかもしれないな。

 

「ま、冒険者ギルドの建物みたいに酒場やトレーニングルームは付いてないけどな」


 カイルは周囲を見回しながら肩を竦めた。

 

「でも、良い場所にはなったと思うよ。生徒たちが気軽に他者と接することができる空気は何ものにも代えがたいからね」


 ハンスは真剣な顔で言った。

 

 まあ、ここは本当に生徒たちの社交場と言っても良いかもしれないな。その気になればダンスパーティーでも開催できそうだ。

 

「そうそう。ここだと、みんな何でも話せるような気分になっちゃうんだよね。だから、情報収集には打って付けの場所だよ」


 情報収集が得意だというチェルシーは生き生きとした顔をする。この心が沸き立つような雰囲気は大切だよな。

 

「まあ、積極的な交流が図れるのは良いんだけど、その反面、トラブルも増えてきたみたいなんだよ」


 ハンスの目が翳った。

 

「トラブル?」


 俺はオウム返しに尋ねる。ま、そのトラブルの内容は大体、想像が付くけど。

 

「ああ。君もガラの悪い生徒には絡まれないように気を付けろよ。今の学院じゃ先生たちだって簡単には助けてはくれないんだから」


 ハンスは戦士のような格好をしている男子生徒たちに目を向けた。

 

 確かにあの手の生徒に肩でもぶつけようものなら因縁を付けられかねないな。迷宮の中じゃ教師たちの権威もあまり意味を成さないだろうし。

 

「秩序とモラルの低下は懸念すべき事項だって、あのウルベリウス院長も全校集会の時に言ってからな」


 カイルは槍を持ち直しながら言った。


「でも、その分、生徒会が頑張ってくれてるからね。たぶんエリオルド会長は先生たちよりも偉く思われているんじゃないかな」


 アリスの声には熱が籠もっていた。

 

 そんな凄い人物なら、俺も会ってみたいな。

 

「さすが、迷宮の第一線で活躍し、学院の秩序も守ってるギルド、【ホワイト・ナイツ】の団長だね」


 チェルシーも持ち上げるように言った。

 

「あの人がいなきゃ、迷宮の最下層で平和を守りながら暮らしていくことなんて、到底、できなかっただろうな」


 カイルは半眼で笑う。その声にはエリオルド会長への信頼が込められていた。

 

「なるほど」


 ようやく俺にも学院の状況が掴めてきた。

 

 生徒たちは自分たちの力で自治を成功させている。だからこそ、学院に退廃的なムードが漂っていないのだろう。

 

 でも、迷宮から出られない状況が、このまま何年も続いたらどうなるかは分からない。

 

 俺は自ら家を出た冒険者だから良いけど、生徒たちの中には無理やり親と離ればなれになった生徒も多いだろう。

 地上の王都で将来を嘱望されていた生徒だっているはずだ。

 

 何か、生徒たちにとって希望になるようなものが必要な気がする。それが何なのかは俺には分からないけど。

 

「さてと、話はこれくらいにして、ディン君の登録を済ませるぞ。地上から飛ばされてきた経緯を説明をするのは面倒だけど、やらないわけにはいかないし」


 そう言うと、ハンスは生徒たちの間を縫うようにして歩き、受付嬢のような生徒がいるカウンターの方に向かった。

 そして、カウンターの生徒に詳しい事情を説明すると、お金を払って許可証を発行して貰った。

 

 俺は普通の手帳にしか見えない許可証を渡されると、それをポケットにしまい込む。

 

「お金を払って貰って悪かったな。でも、こんな状況下なのに、律儀にお金を取る方もどうかしているよ」


 俺は揶揄するように言った。

 

「こんな状況下で、お金の価値がちゃんと機能しているところが凄いんだよ。もし、そうじゃなかったら、冒険者の館の運営だって成り立たないし」


 ハンスはそう反論した。

 

「そうだな」


 俺も考えが浅かった。

 

 元々、お金なんて物は人間が原始的に生きていくのには必要のない代物だ。だからこそ、遙か昔は物々交換が基本だった。

 そこにお金という仕組みを持ち込んだのは、遙か昔であれば画期的なことだったのではないか。

 それだけに長い歴史の中で、お金の価値が突如として失われたことは何度もある。


 お金に価値を持たせことの難しさは、経済についての専門的な知識のない俺でも理解できるし。

 

「金が生徒たちの心を支えているのは間違いないだろうな。もちろん金が支えているのは心だけじゃねぇだろうが」


 カイルは含みのある声で言った。

 

「やっぱり、お金って大事だよね。でも、こんな場所でお金を大事にし過ぎると身を滅ぼすことになると思うけど」


 アリスはごく普通の意見を口にした。

 

 もし、迷宮の最下層に飛ばされたのが頭を使う学生という集団でなければ、本当に悲惨な状況になっていたかもしれないな。

 

「そこら辺は平行の取れた見方が必要になるんだよ」


 ハンスの言う通りだ。限りある資源と、お金をどう使うかで、この迷宮での未来も決まってしまうと思う。

 

「アタシはお金より情報だけどね。こういう状況じゃ、情報は命よりも大切になる時があるから」


 チェルシーの言葉も無視できない。


 その後、俺たちは冒険者の館を出ると、また校舎の敷地を覆う薄闇の中に戻り、校門の外にある迷宮の入り口へと向かった。

 

《第一章⑤ 終了》



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