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第一章 迷宮の最下層にある学校④

 第一章 迷宮の最下層にある学校④


 俺はフィズに案内されながら、校舎の一階にある渡り廊下を歩く。その先には縦に長い建物になっている部室棟があった。

 

 そして、いざ中に入った部室棟の廊下は校舎のような華美さはなく、美術品なども置かれてはいなかった。


 その代わり、廊下にはゴチャゴチャと汚い物が置かれていて、何とも雑然とした雰囲気を漂わせている。

 おそらく、部室の中に入りきらない物を廊下に置いているのだろう。

 フィズが言うには、倉庫になっている部室もけっこうあるみたいだからな。学院の生徒も部室不足には頭を悩まされているという。

 

 そして、部室には様々な部のネームプレートが貼り出されていた。

 名前は普通の部のものが多かったが、中にはパーティーやギルドの名前が書かれているところもある。

 扉の横の壁にもメンバー募集中と書かれた紙が貼り出されていた。


 他にも自分たちのパーティーやギルドを宣伝する趣向を凝らしたポスターも貼ってあったし、このノリは本で読んだ文化祭に近いものがあるな。

 

 実際、サンクフォード学院では文化祭も開かれていたとフィズも教えてくれたし。

 

 ちなみに俺の通っていた学校では文化祭が開かれたことなど一度もない。所詮は村の学校だからな。

 そんな大がかりな行事はできっこない。

 

 俺は部室棟の三階に行くと、【ラグドール】というネームプレートが貼り出されている部室の前まで来る。

 それから、少し緊張しながら部室の扉を開けた。

 

「失礼します」


 俺は唐突に何とも美味しそうな香りが漂ってきた部室の中を見る。部室の中は思っていたよりは広かった。

 二段ベッドが部屋の両端に置かれていて、中央には椅子と長机があり、一番、奥の窓の横には本棚もあった。


 他にも色々なものが置かれていたが、不潔感はなくむしろ小綺麗さを感じさせる。どこか喫茶室にも似た雰囲気を感じるな。

 

「よっ、お前ら。このフィズ様が、わざわざ入るパーティーを探してるっていう奴を連れてきてやったぜ」


 フィズが揚々とした声で言った。


「あ、君は」


 そう声を上げたのは、あのアリスだった。まさか、ここで会えるなんて思わなかった。

 

「さっきは院長室まで連れて行ってくれてありがとう。おかげで助かったし、正直、こうしてまた会えたのは嬉しいよ」


 俺は改めてお礼を言った。

 

 さっきは自分の状況を把握することに必死で、とてもお礼をすることまで頭が回らなかったからな。

 

「お礼なんて良いよ。別にたいしたことじゃないし。でも、さっきより良い顔をしてるし、この学院で何をするべきかは、ちゃんと分かったみたいだね」


 アリスはティーカップを手にしながら表情を綻ばせる。彼女はまるで貴族の令嬢のような楚々とした雰囲気を漂わせていた。

 

 そんな彼女の前にある長机の上にはバタークッキーのようなお菓子も置かれていた。美味しそうな香りの元はこれか。

 

「ああ」


 俺は親切なアリスがいたことで、気持ちが軽くなった。

 

「君がアリスの言っていた地上から来た冒険者のディン君か。僕は高等部の二年生のハンス・ハーヴェイ。この部室を使っているサークル、【ラグドール】の部長だよ」


 ハキハキとした声で言ったのは、アリスよりも少し色素の薄い金髪に、きっちりとしたオールバックの髪型をした男子生徒、ハンスだった。

 その顔には美しい形をしたフレームの眼鏡が掛けられている。

 

 ハンスは知的な風貌ながらも長身かつスラッとした体型をしていて、素直に格好良い少年に見える。

 ネクタイ付きのブレザーの制服を着ているせいか、知的さもより増し加わっているような印象を受けるし。

 性格も柔らかそうではあるが、発せられる言葉にはしっかりしたものを感じさせられる。

 

 そんなハンスの手には新聞のような大きな紙が握られていた。

 

「サークルか」


 迷宮に挑戦しているパーティーじゃないのか。

 

「そうだ。【ラグドール】は元々、お遊びサークルだったのさ。でも、学院が迷宮に飛ばされてからはそのまま迷宮に挑むパーティーの名前になった」


 ハンスは手にしていた紙を折り畳むと、砕けた口調で言葉を続ける。

 

「ま、メンバーもサークルの時と全く変わらないから、こんな状況でもお遊び感覚は抜けてないけどね」


 その事実に俺はかなり不安なものを感じたけど、さすがにその思いを口に出すことはしなかった。

 

「俺は高等部の一年生のカイル・カークランドだ。槍を使った戦いなら誰にも負けない自信があるし、まっ、よろしく頼むぜ」


 男子生徒、カイルはこれといって整えられているわけでもなく、伸び放題になっている銀髪を鬱陶しそうに掻き上げた。

 その顔立ちは少し生意気そうではあるが、そこらにいる不良のような底の浅さは感じさせない。

 ヨレヨレのネクタイに着崩した制服にはジャラジャラとしたシルバーのアクセサリーが幾つも付けられているが、不思議なほど似合っていた。

 

 そんなカイルの手には十字架のアクセサリーが握られている。

 

「アタシは中等部の三年生のチェルシー・チェンバースだよ。情報収集ならお手の物だから、よろしくね」


 鮮やかさを感じさせる赤色の髪にツインテールの髪型をした背の低い女の子、チェルシーが元気よく言った。

 その耳にはいかにも女の子らしい星形のピアスなども付けられている。髪をツインテールに束ねている青のリボンも可愛らしい。


 チェルシーはどこか小動物染みた雰囲気を感じさせるな。

 

 着ている制服のデザインも高等部の三人とは少し違うし、ブレザーの襟や袖にも高価さを感じさせる金の刺繍が施されていなかった。

 

 とにかく、チェルシーを見た俺はこんな女の子が本当に迷宮で戦えるのかと思った。が、何も言わずに言葉を呑み込む。

 戦いで女性が活躍できないというイメージはいかにも田舎者が思い浮かべるような感じがしたからだ。

 女性も男性と変わらぬ活躍ができる社会こそが望ましいと、色んな国を見て来た爺さんも言っていたし。

 

 とにかく、部室にいたのは俺を除いて四人。

 

 殺伐とした雰囲気は全く感じなかったので、ハンスが言った通り、学生のお遊びサークルの延長線なんだなと思った。

 

「見ての通り、僕たちのパーティーは人数が少ないんだよ。だから、君がパーティーに入ってくれるならこんなに心強いことはない」


 ハンスの言葉に俺は居心地の悪さが薄れていくのを感じた。

 

 ま、すぐに腹を割って話せるような仲になれるとは思わないが、時間をかければここにいる連中とは良い関係が築けそうだな。

 

「そうか」


 俺は難しく考える必要はないなと思った。

 

「別に強制するつもりはないから。例え、パーティーに入っても、嫌ならいつでも抜けて良いんだし」


 アリスがフォローするように言った。

 

 嫌なら抜けても良いなんて、簡単に言ってくれるが、それがどれだけの気まずさを伴うか。

 たぶん、口にしている人間には分からないんだろうな。

 

「その通りだ。来る者は拒まず、去る者は追わず。それが僕たち、お気楽パーティーのモットーだからね」


 ハンスは調子良く言った。

 

 でも、自分たちのことをお気楽パーティーなんて、言ってちゃ駄目だろうと思う。ハンスたちは本気で迷宮から抜け出そうとする意思はないのか。

 

「そんなモットーがあったかな」


 チェルシーがぼやいた。

 

 これにはハンスも頬をボリボリと掻いて苦笑いをする。

 

「こら、チェルシー。せっかくのカモの前で余計なことを言うんじゃねぇよ。ハンスも困ってるだろうが」


 カイルは俺のことをカモだと思っているのか。

 

 益々、不安だ。

 

「とにかく、緩く活動しているパーティーだし、嫌な思いはさせないつもりだから、ディン君も入ってくれると嬉しいな」


 アリスはチェックのスカートの裾を揺らしながら、にっこり笑った。

 

 そこまで言われては、さすがの俺も別のパーティーも探してみたいとは言い出せなくなってしまった。

 

「分かったよ。なら、お世話になろうかな。親切にしてくれたアリスがいたのも何かの縁だと思うし」


 そう言って、俺は腹を決める。

 

「やったね。この調子でメンバーが増えてくれれば、アタシも無理に迷宮に潜らなくても済むようになるよ」


 そう嬉しそうに言ったのはチェルシーだ。

 

「どういうことなんだ?」


 俺が入ることで何が変わるって言うんだ。

 

「君は知らないだろうけど、この学院で結成されたパーティーには冒険者ランクって言うものがあるんだよ」


 どこか複雑そうに言ったのはハンスだ。

 

「冒険者ランクねぇ」


 ランク付けされるのは好きじゃない。でも、そう思う反面、その手の仕組みにワクワクさせられている自分がいた。

 

「そうだぜ。ランクはSからEまでの六つがある。そして、SランクとAランクのパーティーに所属する冒険者は一人でも迷宮に入れる」


 カイルが笑いながら説明を始めた。

 

「でも、Bランクのパーティーなら二人、Cランクのパーティーなら三人以上で入らなきゃならないんだよ」


 カイルはシルバーのアクセサリーを掌の上で転がしながら言った。

 

「危険に対応するための当然の仕組みか」


 俺は呟くように言った。

 

 要するに力のない人間が一人で迷宮に入ったりできないようにしたんだな。それは正しい仕組みだと思う。

 

「そんなところだな。つまりパーティーのランクに応じて、迷宮に入るための必要な人数が変わってくるってわけだ」


「なるほど」


「面倒だが、この決まりだけは絶対に守らなきゃならねぇ。じゃないと、キツイ罰則を食らうことになるからな」


 良い仕組みには違いないと思うけど、何となく嫌な物を感じた。


 ランクがあると言うことは、優劣が分かると言うことだし、生徒たちをそんなもので区別するのは、団結心を削いでしまうような気がした。

 

「ちなみに俺たちのパーティーはDランクだから、迷宮に入るには四人、揃ってなきゃ、ならねぇな」


 それは厄介だな。

 

 場合によっては迷宮に入るためのハードルが高くなりすぎる気もするし、メンバーの一人が風邪でも引いたらどうする。

 

「他にも、冒険者ランクによって引き受けられる仕事の種類や支払われる報酬の額も変わって来る」


 この学院には斡旋されるような仕事があると言うことなのか。


 だとすれば、けっこう本格的な仕組みだし、学校がやることと思って、甘く見ていたかもしれない。

 

「個人の冒険者に付けられるランクもあるからな」


 何か分かりにくくなってきた。

 

「まっ、ランクの付けられ方は色んな要素が絡んで、複雑になってるから最初の内はあまり気にしなくても良いぜ」


 その言葉に俺も安心した。

 

 となると、何の実績もない俺はEランクの冒険者から始めなければならないと言うことなのか。

 何だか腕が鳴るな。

 

「まるで本物の冒険者ギルドみたいだな」


 俺は独りごちるように言った。すると、ハンスが愉快そうに笑う。

 

「そうだな。前に運動館だった建物は今じゃ冒険者の館として使われているし、その表現は間違ってないよ」


 ハンスは仄暗い窓の外を見ながら言った。

 

「冒険者の館か」


 俺は想像力を働かせる。

 

「ああ。冒険者の館は地上の王都にある冒険者ギルドと似たような施設になってるんだ。冒険者の館でなら、色んな仕事を引き受けることができるからね」


 ハンスはクッキーに手を伸ばしながら言った。

 

 つまり、冒険者の館で引き受けられる仕事をこなしていけば、冒険者ランクも上がるということなのだろう。

 地上にある冒険者ギルドではそうなっているはずだし。

 

「へー」


 大まかな仕組みは俺にも理解できた。

 

 ただ、対抗心を煽るような仕組みを作り上げてしまったことには、どうにも危ういものを感じてしまうが。

 

「僕たちも実力のない冒険者じゃないんだけど、あまり積極的に活動してないから、どうしてもランクが上がらないんだよ」


 ハンスは長机の上で頬杖を突いた。

 

「そうそう。だから、アタシみたいな情報収集しか取り柄がない冒険者も数合わせで迷宮に潜らないといけないんだよね」


 チェルシーは宙を仰いだ。

 

「でも、私たちは実力的にはBランクに近い評価を貰っても良いんじゃないかな」


 アリスはどこか不満そうに言葉を続ける。

 

「私たちのパーティーの戦いぶりを見て、安定感があるって評価してくれた人もいたし、チェルシーも全く戦えないわけじゃないから」


 アリスの言うBランクがどの程度のものなのかは俺には分からないけど。

 

「ま、アタシだって足手まといにならないような戦い方はできるよ。けど、それがアタシの精一杯だね」


 チェルシーは悔しそうに言うと、クッキーをパリッと齧った。

 

 まあ、中等部の三年生では身体的に未熟な部分もあるだろうし、率先して戦えというのは酷かもしれない。

 現に外見だけを見る限りでは、チェルシーが一人でモンスターと戦えるとはとても思えないからな。

 

 でも、そこはパーティーのチームワークだと思わなくもない。

 

「とにかく、そういうわけだから、気長にやろう。無理して死んだりしたら、元も子もないからね」


 ハンスは話を仕切り直すように言った。

 

「やっぱり、死んでしまった生徒もいるのか?」


 俺はおずおずと尋ねた。

 

 その事実に触れるのは俺も怖かったのだ。重い現実を突きつけられるような気がして。でも、聞かないわけにはいかないだろう。

 

「そりゃいるよ。確認されているだけでも三十人以上の生徒が迷宮で命を落とした。校舎の裏には墓地も作られたし」


 ハンスは凝縮された闇でも見るような目をする。

 

 その人数を多いと考えるか、少ないと考えるかは学院に飛ばされたばかりの俺には分からないな。

 

「そうか」


「さすがに浮かない顔をしているな。でも、怖じ気づいたわけじゃなさそうだし、ひょっとして、今すぐにでも迷宮に潜りたいとか思ってるのかい?」


 ハンスがニヤッと笑った。

 

「まあね」


 俺も迷宮のモンスターとどこまで戦えるか試したい。


 剣を扱う腕は徹底的に爺さんに叩き込まれたし、それなりの実戦は潜り抜けてきた。どこにいようと戦える自信はある。

 

 少なくとも、こと戦いにおいて、お遊びサークルの部員だったハンスたちに遅れは取らないだろう。もし、そうなるようなら、ちょっとショックだ。

 

 俺にだって意地やプライドはあるし。

 

「そういうところは、さすが本業の冒険者だな。なら、君の実力を見るためにも、さっそく迷宮に潜ってみよう」


「良いのか?」


「ああ。何かあっても、僕たちが全力でフォローするから大丈夫だよ。だから、ディン君もあんまり難しく考えずに、いつも通りに戦ってくれれば良い」


 ハンスはある種の頼もしさを感じさせる声で言った。


《第一章④ 終了》



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