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第一章 迷宮の最下層にある学校①

 第一章 迷宮の最下層にある学校①


 ハッと気が付いたように目を開けると、俺はいつの間にか日の光が当たらず、青い空が見えないような場所で倒れていた。


 なので、ゆっくりと上半身を起こすと、何度もかぶりを振る。

 

 どれくらい気を失って倒れていたのかは分からない。

 

 ただ、この場所では肌が焼けるような暑さが感じられない。もちろん、暑くないというわけではないが。

 しかも、どこか空気が淀んでいる。

 

 何よりも周囲には人が全くおらず、不気味なほど静まり返っていた。あの王都の賑やかさはどこに行ったのだと言いたくなる。

 

 だが、真っ暗というわけではなく、何があるか分かるくらいの明かりは灯っていた。この輝きは光石か。

 光石はまるで夜空に浮かぶ月や星々のような光を放っている。さすがに光の強さでは太陽には適わないが、熱のない光りは肌には優しく感じられた。

 

 俺は立ち上がると、とりあえず前を見る。

 まだ頭の中がぼんやりしていたが、倒れるわけにはいかないだろう。とりあえず、状況を把握しなければ。

 

「ここはどこなんだ?何で、俺はこんなところで倒れている?確か、俺は子猫を助けるために馬車の前に飛び出したはずじゃ」


 そう一人言を発する俺の視線の先には大きな建物があった。

 まるで貴族の屋敷を何倍も大きくしたような立派な建物だ。もし、屋敷だったら、無駄に大きな建物と言わざるを得ない。

 とはいえ、同じくらいの大きさを持つ宮殿のような、ある種の煌びやかさは感じられなかった。

 似たような雰囲気を感じさせる建物があるとすれば博物館だろうか。でも、博物館のような堅苦しさを伴う立派さとは趣が異なる。

 

 この建物は学校に違いない。

 

「随分と立派な建物だけど、これは学校か?それにしては、何だかおかしな雰囲気を漂わせているけど」


 俺の視線の先にも校門のような物があるし、その中は緑の芝生が生えている敷地のようになっている。

 芝生は綺麗に刈り込まれているように見えたので、手入れをしている人間もいるのだろう。

 

 その上、敷地にある建物も一つではなかった。

 

 一番、大きな校舎と思しき建物の他に、縦に長い建物とあくまで外観だけではあるが劇場にも似た建物がここからだと見える。

 

 俺は大きな建物が幾つもあるのを見て、相当、お金が掛かっている学校なんだなと思った。

 

 そして、校門や、敷地を囲む塀に沿って建てられている外灯、校舎と思しき建物には光石が幾つも取り付けられていた。

 なので、明かりの確保は十分できているし、それを見た俺もここが夜の学校などではないことはすぐに分かった。

 

 とにかく、学校が敷地ごと大きな空洞のような場所にある。上を見ても横を見ても、壁のような物で覆われているし。

 しかも、その壁は綺麗な石の表面を見せていた。つまり、この場所は天然の洞窟などではなく、明らかに人の手によって作られたものだ。

 

 でも、こんな場所は見たことも聞いたこともない。

 

「何が出て来るかは分からないが、入ってみるしかなさそうだな。ま、ここが本当に学校なら、問答無用で襲いかかってくる奴もいないだろう」


 考えていても仕方がないと思った俺はサンクフォード学院という名前が刻まれている校門を潜る。

 サンクフォード学院という名前には覚えがあったが、動揺していたせいもあり、この時は記憶を手繰り寄せることができなかった。

 

 俺はそのまま校舎のある方へと歩を進める。

 とにかく人に会いたいと思った。ここが学校であれば、例え今日が休日であっても必ず人はいるはずだから。

 

 すると、学校の制服のような服を着た女の子が向こうから歩いて来るのが見える。害意のある人間には見えない。

 ごく普通の十代の女の子だ。しかも、かなりの美少女だったので、俺も思わず息を呑んでしまった。

 それから、俺は恐れていても始まらないと思い、その女の子の元に走って行く。

 

「すみません」


 俺は勇気を出して女の子に話しかけた。と、同時に自分が不審者に思われないように気を付けながら、丁寧な話し方を心懸ける。

 

「はい」


 女の子は特に怯えるわけでもなく普通に返事をする。

 その際、彼女の腰まで伸ばしたサラサラとした金髪が波のように揺れたので、どこか幻想的なものも感じた。

 そんな女の子の肌は白くてきめ細かく、太陽の光をずっと浴びていないように見えた。

 

「ここはどういうところなんですか?俺、気が付いたら門の外で倒れていて、自分でも何が何だか分からないんです」


 現時点では分からないことが多すぎる。ここは例え馬鹿にされても良いから、何でも尋ねてみるべきだ。

 一時の恥を恐れて、何も分からない状態を長引かせるのは愚か者のすることだからな。

 

「記憶喪失なの?」


 女の子は目を見開いた。

 

「そう尋ねられると困るんですけど。でも、俺は意識を失う前まではサンクリウム王国の王都にいたはずなんです。それだけは間違いありません」


 それすら夢や幻だったら、俺は本当に自分の記憶が信じられなくなる。

 

「まさか、地上からやってきたって言うの?」


 地上という言葉には俺も思わず訝るような顔をする。やはり、ここはどこかの地下なのだろうか。

 

「それが良く分からないから、あなたに聞いているんです。不躾なようですが、この場所について教えて貰えませんか」


 俺は少しイライラしながら尋ねた。


「分かったよ。ここはサンクリウム王国の王都では一番の名門校だったサンクフォード学院だよ。今はゲムヘナルの迷宮の最下層にあるんだけどね」


 女の子はサラリと言った。

 

 ここが誰もが憧れるあの名門校、サンクフォード学院か。話には聞いていたが、こんなところでお目にかかれるとは思わなかった。

 

 どうりで、きっちりとしたネクタイ付きのブレザーなんて着ているわけだよ。お洒落なチェックのスカートなんかも、いかにも名門校っぽいからな。

 胸には学校の権威を示すような凝ったエンブレムも刺繍されているし。

 

 って、そんなことはどうでも良いんだよ。

 

「ここがゲムヘナルの迷宮の最下層だって?幾らなんでもそんな馬鹿なことって…。ひょっとして、からかってますか?」


 俺の声のトーンが高くなる。その事実を完全に頭の中に叩き込むには、かなりの精神力を要した。

 

「まあ、すぐに信じられなくても無理はないよ。とにかく、元々、サンクフォード学院は地上の王都にあったの」


 女の子は影のある目で言葉を続ける。

 

「でも、学院の建物は闇の魔導師ラムセスの手によって、私たちが今いる迷宮の最下層に転移させられちゃったんだよ」


 まるで小説のような話だな。まあ、事実は小説より奇なりという言葉もあるが。


「そいつだ。俺が意識を失って倒れる前に、話をしていた男は!ということは、やっぱり変な魔法をかけられたのは夢じゃなかったか」


 俺はラムセスという名前を聞いて慄然とする。それから、あの男との遣り取りを鮮明に思い出した。

 もちろん、あの男におかしな魔法をかけられたことも。

 なので、あの男に少しでも敬意を払った自分が馬鹿らしく思えたし、今になって抑えがたい怒りも込み上げてきた。

 

「なら、君もラムセスにこの学院へと飛ばされちゃったんだよ。何にせよ、もっと詳しい話を聞きたいなら院長室に行った方が良いね。どのみち、地上からやって来たのなら院長先生には挨拶しておかないといけないから」


「分かりました」


 俺は暗い顔をする。

 すぐには現実感を持てなかったが、自分は何か絶望的ともいえる状況の中にいるのではないかと思わずにはいられなかった。

 

 そんな俺の暗い顔を女の子は覗き込む。

 

「そんな顔をしなくても大丈夫だよ。私がちゃんと院長室まで案内してあげるから。それと、私は高等部の一年生のアリス・アルヴェールだからよろしく」


 女の子、いや、アリスはそう自己紹介をすると、俺を校舎の中へと案内する。

 その足取りに迷いのようなものはなかったので、俺も取り乱すことなく心を落ち着かせることができた。


 《第一章① 終了》







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