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プロローグ①

 プロローグ①

 

 顔を上げれば、そこには雲一つない蒼穹の空があった。

 どこまでも広がり、全てを吸い込むような空を見ていると、体から魂のようなものが抜けていきそうだった。

 こんな空の下で倒れられれば、旅人としては本望かもしれない。旅を死に場所にするなんてちょっと格好良いからな。


「でも、実際に旅で死んだ奴らの姿はきっと格好悪く見えるんだろうな。死体とか野晒しになるわけだし」

 

 俺はぞっとするものを感じながら、すっかり弱ってしまった自分の心を叱咤する。それから、徐に足を止めると、ダラダラと頬を伝う汗を拭った。


 すると、立ち眩みをしたように足がふらついてしまう。


 ほんの少しの間ではあるが、それでも意識が遠くなるなんて、相当、疲れている証拠だな。


 ま、それだけ長く旅をしてきたと言うことなのだが。


「体の方もさすがに限界みたいだな。もう四時間、以上も休まずに歩いているし、足の筋肉も引きちぎれそうだ」


 俺は脹脛を指で押さえる。すると、鈍い痛みが走った。


 とにかく、幾ら空が清々しいほど青くても、ここで倒れるわけにはいかない。そう思った俺は軽くかぶりを振った。

 それから、肌が焼き付くようなギラギラとした日差しの下を歩き始める。

 

 先ほど潜った防壁の門の外はどこまでも広がる荒涼とした砂漠になっていて、その暑さは大変、厳しいものがあった。


 その上、今は夏の真っ盛り。


 ボーッとしていると、熱中症に掛かってしまいそうだった。事実、この暑さに命を奪われた人間も少なくないだろう。

 夏の暑さを甘く見ることは幼い子供や老人でなくともできない。


 現に旅に慣れた者ほど自分の体のコンディションには気を遣うと言うからな。それができない人間が旅半ばで倒れるのだ。


「初めての一人旅で砂漠を歩いたのは、ちょっと無茶が過ぎた気もするな。もし、砂漠で倒れていたら俺は本当に死んでるぞ」


 この暑さじゃ死ねば体が腐るのもあっという間だろう。哀れな屍となった自分の姿なんて、思い浮かべたくもない。

 

 何にせよ、体からは止めどもなく汗が噴き出してくるし、それがたまらなく不快だ。できることなら、風呂にも入りたい。

 心頭滅却すれば火もまた涼しいなんて言葉は嘘だな。この暑さは心持ち一つで、どうにかなるようなものじゃないぞ。

 

 でも、町に入った途端、そんな暑さも吹き飛んだ。

 

 世界でも有数の大国であるサンクリウム王国の王都はまるでお祭りのような賑やかさを見せていたからだ。

 毎日がこの賑やかさならたいした都だと言わざるを得ないし、遙々、この王都まで足を運んだ甲斐があるというものだ。

 

「凄いな。こんなに人が多いなんて思わなかったぞ。やっぱり、サンクリウム王国の王都にはもっと早く足を運ぶべきだったな」


 どこを見ても人だらけだった。はっきり言って、あまりの人の多さに目が回りそうになるくらいだ。

 人が多いだけでこれほど興奮してしまうのは、俺が田舎者だからだろう。

 とはいえ、俺も一人でなければ旅をするのは初めてではないし、別に広い世界を知らないと言うわけではないのだが。

 

 ま、それだけサンクリウム王国の王都が凄かったと言うことだ。だからこそ、この都で生きていくためにも、無様に倒れてなんていられない。

 

「よし、俺もこの王都をとことん楽しんでやる。歓楽街にはカジノが幾つもあるって聞いているからな」


 俺は心を沸き立たせながら言葉を続ける。

 

「なら、俺のポーカーの腕前は披露してやらないと」


 まあ、俺も賭け事で生計を立てるつもりはないけどな。未成年の俺がカジノに入れるかどうかは分からないし。


 俺はまるで生き返ったような気分に浸りなりながら、ふらついていたことが嘘のような足取りで歩を進める。

 

 一方、道を歩いている人間の服装には統一感というものが全くなかった。

 

 都会っぽいお洒落な服を着ている者もいれば、地味な民族衣装のような服を着ている者もいる。

 女性などはこの暑さのせいか、肌がかなり際どく露出している服を身につけていた。

 他にも真夏の格好とは思えないような肌を全て覆う白の宗教的な衣装を着込んでいる者もいる。

 

 とにかく、この実に様々な人間が集まる場所が持つ魅力は、俺が暮らしていた村では到底、感じ取ることができないものだし、何ともエキゾチックだ。

 

 なので、俺も都会ならではの喧噪に心を躍らせる。

 

 そんな俺が現在いる大通りではたくさんの人が行き交っていて、気を抜くと肩がぶつかりそうだった。

 

「おっと、危ない、危ない」


 そう思っている傍から、帯剣した厳つい顔の男と肩がぶつかりそうになったので俺はヒョイッと身を窄める。

 男の方も俺には目を向けずに、俺の横を通り過ぎていった。

 

「あの手の男にぶつかったら、金をゆすり取られるぞ。しかも、あんな大きな剣を腰に下げてるなんて」


 俺は男の背中を見ながら、冷や冷やしたように言った。それから、大きく深呼吸してまた口を開く。


「疲れているのは確かだけど、道の真ん中を歩きながら人にぶつかりそうになるようじゃ、やっぱり、俺は旅人としてはまだまだ未熟みたいだな」


 そう言うと、俺はフッと笑い、再び歩き始めた。


 実際、道には武器を持っている男も少なくないので、ああいう連中には間違ってもぶつからないようにしないと。

 因縁でも付けられたらたまらないし。


「でも、怖がっているわけじゃないぞ。俺の持つ力なら、はっきり言ってそこらにいる大人なんて敵じゃないからな」

 

 俺の剣の腕前は自分で言うのも何だがかなりのものだし、余程の相手でも負ける気はしなかった。

 本当に剣術の稽古だけは真面目にしてきたからな。


 故郷の国で行われた剣術の大会では、並み居る大人たちを押しのけて準優勝をしたこともあるし。


 その時は、将来はその剣の腕を生かすためにも是非とも騎士団に、というありがたい誘いも受けた。

 もし、誘われた時にすぐにでも騎士になれる年齢に達していたら、俺もそのまま騎士団に入団していたかもしれない。

 何の地位もない家の子供が騎士団に入るように誘われるなんて、俺の国では栄誉なことだからな。

 

 そういうわけなので、この俺と良い勝負ができるとしたら、騎士団の団長様くらいなものだろう。

 いや、この王都にいる騎士団の団長様の実力は知らないが。

 

「でも、負けやしない。あと三年も剣の腕を磨けば、どんな国で開かれる大会でも必ず優勝できるさ」


 俺はニヤッと不敵に笑った。

 

 いずれにせよ、この王都に辿り着くまで一ヶ月も歩き続けたのだ。下手なトラブルを起こして、王都から摘み出されるのはご免だ。

 外はあらゆる生き物を干からびさせる砂漠だからな。路銀はほとんど使ってしまったし、体力も消耗しきっている。

 今、砂漠に放り出されるのは冗談抜きの死を意味する。さすがの俺も大自然の厳しさには打ち勝てないということだ。


 自然の前では人は謙虚になるしかない。でないと、自然が突如として敵意を見せた時、命を落とすことになる。


 それだけは忘れないようにしないと。

 

《プロローグ① 終了》






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