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フラグ折る父

作者: 冬月佐韋

何番煎じかな。

 おいここはweb小説か。

 その事実(・・・・)に気付いた僕が真っ先に思ったのは、そんなこと。


 まあ物心付いた時から、違和感はあったのだ。

 自分はこのセレスティ王国の――それどころか、この世界の人間とは少し違うのではないか、と言う感覚。

 違って当たり前だった。だって僕は、所謂転生者と言うやつだったようだから。日本人としての記憶を、但し自覚せずに持っていたのだから、こんな剣と魔法の世界に戸惑うのも無理はない。

 ……と言いつつ、今の職業は宮廷魔術師ですが。

 歴代で何人もの宮廷魔術師を輩出して来たアルハグェ家の嫡男――つまり僕が、同じ伯爵でも騎士の家系であるカウス家から妻を迎えた時だって、「あの変わり者なら」とさほど驚かれもしなかったし。

 加えて現在、うちの息子はアルハグェとカウスの遺伝的傑作と言われている。魔道に長ける騎士は少ないからね。

 だがその息子が産まれてから、僕の違和感は益々強くなった。より正確に言えば、義父が息子に『ベルナルド』と言う名前を付けてくれてから、なのだが……

 本日、その理由がはっきりとした。


「ここは……?」

 僕が敷いた魔方陣の上、茫然とする一人の少女。

 ……あ、これ、セーラー服ってやつだ。

 この世界にないはずの衣服を知っていた自分に少し驚きながらも、僕はすべきことをする。

 僕の魔術で異世界から連れて来られた少女は、不安と困惑を丸出しにしている。だと言うのに周囲のお偉方は、召喚された少女にどよめいているだけ。

 ……使えない方々だ。彼女にはこれから聖女として仕事をして貰うのだから、まずこちらへの信用を得るのが先決なのに。

 なので僕は周囲を放置、自分達の都合でいきなり呼び出した非礼を、異世界の少女に詫びる。

「あなたには、この世界を浄化する聖女としての役目を果たして戴きたいのです。……ああ、勿論すべてが終われば、元の世界にお返ししますよ。

 と……その前に、お嬢さん。名前を伺っても?」

 見た目はぼんやり童顔な僕なので、少女も見知らぬオッサンの中では僕が一番無害だと判断したようだ。

 戸惑いながらもこちらを見上げ、その名を口にする。

「……み……ミア……すばる美亜みあ……です」

「……………………」

 何ですとぅ?


『星降る大地で君と』――僕が日本人だった頃にヒットし、アニメ化もされた少女漫画。

 平凡な女子校生であるミアこと昴美亜がいきなり異世界に召喚され、聖女として戦う物語である。

 つまりはそう言うことである。

 聖女の名前を聞いて、ようやく思い出した――僕がかつて日本人で、オタクと言われて否定出来ない人種だったことも。そんな人間が異世界転生――の中でも、自分が知る創作物と似たような世界に産まれるなんて、web小説かとツッコむのも無理ないだろう。

 因みに僕の前世の記憶によれば、この通称『星君ホシキミ』にはミアと一緒に戦う仲間として、イケメン王子とかイケメン魔術師とかイケメン騎士とか、あと旅の途中で出会うイケメン盗賊なんかが出て来る。さすが少女漫画、イケメンのインフレ状態だ。まあ僕のようなモブはこのような地味顔だけれども。

 でもこの作品は連載当初から好きだった。アニメ化した時は、メインキャラの一人の声として製作に携われたことも、すごく嬉しかった。

 あ、前世の僕は、オタク趣味が高じて、声優やってました。二〇代で人気作のメインキャラに抜擢されたのだから、まあそれなりだったかな。

 出世作であるこの『星君』で演じたのは、クールなツンデレ魔法騎士の、ベルナルド=アルハグェ。

 うちの息子です。

 ……何でだよ‼


 言いたいことは色々あるが、今の僕にとってはここがリアル。

 極北の地を腐蝕させた瘴気は、今も北風が吹くたびに少しずつ世界に広がりつつある。聖女と愉快なイケメン達に何とかして貰わないと、冗談でなく、世界が滅ぶ。

 前世のことを思い出したせいか今日はやたらと疲れたが、帰宅した僕は研究室に飛び込んで遠視の水晶を起動させた。そして城内――及びその周辺にいる人間、一人一人を観察する。

『星君』作中でも『アルハグェ伯爵』が裏切者を探すために使った魔術である。仮令世界に瘴気が広がり、それで命を落とす人がいても、むしろその危険さから益を得ようとする者は、残念ながら少なくない。

 僕が今探しているのは、自分の同類。

 もし裏切者の中に『星君』を知る転生者がいれば、その知識を使って浄化を妨害するかも知れない。本来裏切らないはずの者であっても、前世の記憶が変に作用して――と言う可能性はある。

 漫画の中で『アルハグェ伯爵』が目を付けた連中は、今のところシロのようだ。でも後で駆除しておこう。

 作中モブでもこの件ではかなり重要な、官僚や神官や騎士達も問題ない。メインキャラのイケメン軍団も然り。もし息子が転生者としての記憶を隠していたら、パパは泣くぜ。

 杞憂であれば、それでいい――そう思う僕の水晶がやがて捉えたのは、ミア。


『……まさかこんなことになるなんて……』

 用意された部屋で、ミアはクッションを抱えて呟いた。

 いきなり異世界に連れて来られたのだから、困惑するのも無理はない――作中でもそうだったように、彼女はクッションに顔を埋める。

『……ふ……ふふっ……ふふふふふ……』

 な、何ゆえ含み笑い?

 息子と同じ青灰色の目を、僕がきょとんと瞬かせていれば、水晶に映る異世界の少女は、クッションを抱えたままベッドに転がった。

『くふふぅ……ガブ様、恰好よかったなぁ……♡』

 あれ……ミアってこんなんだっけ?

 まあ、旅の仲間になるガブリエル王太子殿下は、セレスティ王国一の美青年としても名高い。昼のうちに謁見した彼女も、ずっとあの高貴な美貌に見とれていた。

 だが確か漫画の中では、突然の異世界転移に戸惑う一方で「あの王子様、恰好よかったなぁ……」とぼんやり呟く程度だったはずだ。罷り間違っても、このようにベッドの上でごろんごろん悶えてはいなかった。

『他のみんなには、いつ会えるかな? あの魔術師のおじさんがアルハグェ伯爵っぽいから、ベルナルドとは割とすぐに会えるかも……』

 ちょっと待て、お嬢さん。おじさんは君に息子の名前はおろか、その存在自体教えていないんだが。

『それよりゼノよ、ゼノゼノゼノ! ああ~ん、早く連れ去られたぁ~い♡』

 ――って、道中で聖女を誘拐するイケメン盗賊だろうが!

 決まりだ。

 転移ヒロインは転生ヒロイン。

 ……さて、これがどう作用するかな……。


 結論から言おう。

 駄目だあの小娘。

『星君』が好きと言うだけなら、別によかった。仮に嫌いであっても、聖女としての務めをきっちり果たしてくれれば、何の問題もない。

 だがあの小娘は、自分の周囲を固めるイケメン共に色目を使い始めたのだ。

 そもそもが少女漫画だから、一緒に旅をして行く中でイケメン共と打ち解け、時にはいい雰囲気になることはあった。ベルナルドだって仄かな想いを自覚せずにツンツンしていたほどだ。

 ……何だろう。居た堪れない。

 シナリオ通りならば最後は友情エンドと言う感じで、ミアは誰とも結ばれないまま元の世界に戻るのだが……あの小娘、この分だとこちらに居残って逆ハーレムを築きそうで、嫌である。

 作品の知識があれば、それも容易だろう。道中で起こるはずの親密化イベントを、すでに巻きで消化している彼女なら、尚更。

 しかし――しかしだよ、お嬢さん。

『星君』について詳しいのは、君だけじゃない。

 加えて漫画では描かれていないこの世界の諸々だったら、四〇年以上こちらで暮らしている僕の方が、余程。

 ついでに、これは蛇足だけど。

 所謂悪役令嬢が転生ヒロインにざまぁを仕掛けるのは、常道だろう? 作品によってはそもそもモブに過ぎない相手が、と言うことだってあるし、攻略キャラの父親がその位置で暗躍しても構わないだろう――ここ、乙女ゲーじゃないけど。

 ひとまず息子と王太子殿下のフラグはへし折らせて貰うよ。君のような転生ビッチは、我がアルハグェ伯爵家には相応しくないし、況してや王家に入れるなんて論外だ。それにベルナルドはともかく、殿下にはポラリス公爵家のお嬢さんと言う立派な婚約者がいる。

 ああ、それと作中でも言及されていたけど、ショタ枠――もとい、仔犬系魔術師のマルク=スピカは僕の弟子だからね。将来有望なあの子が女色に溺れて道を踏み外すのは、この国にとっても不利益だ。個人的な情を抜きにしても、悪女の毒牙から護らなくては。

 ゼノは盗賊だから知ったことじゃない。彼女が『ミア』として真面目に聖女をしてくれるのなら、彼との恋路を邪魔するのはむしろ野暮と言うもの。……尤もその恋が浄化の妨げになるならば、僕はこれだって遠慮なく妨害するけどね。

 よーし、世界と息子のために、頑張るぞー★

もしかしたら伯爵は異世界チート野郎に分類されるかも知れません。

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― 新着の感想 ―
[一言] 「フラグ折る父」 フラグを折る前の話しですよね。 「異世界から召喚したヒロインが転生ビッチだったので、同じ転生者である僕が彼女の毒牙から息子を守ります。悪役令嬢は出て来ません。」 守る前…
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