第1話 初登校
5月のある朝。
「(ぽて、ぽて、ぽて)」
朝の通学路を。
そんな擬音が聞こえそうな足取りで、一人の子供が歩いている。
名前は、宮山 涼。
背が小さいので一見、小学生低学年の様に見えるが。
これでも、れっきとした小学4年生である。
・・・はずだった。
歩いてる、その子の顔を見ると。
ツヤツヤした黒髪に、小さな顔とそれと相反する大きな瞳。
整った顔は、一瞬、女の子の様に見えるが。
よく見ると、カッターシャツにネクタイ。
それからチェックのショートパンツの、天津学園小学部の制服を着ていて。
その上から、黒のランドセルを背負っていると言う、いで立ちなので。
男の子だと分かる。
つまり、それ位の美少年であった。
「はあ〜、大丈夫かな・・・」
しかし、歩いているその子の表情は、不安に揺れていた。
なぜならば。
その子は今日から、天津学園高等部に、飛び級で編入されるからである。
しかも、高等部は昨年まで女子校であり。
今年度も、男子が居ないので、実質、女子校のままなのだ。
そんな所に、小学生男子が入るのであるから、不安になるのは当然である。
*********************
「えっ、あの子がそうなの」
「いやだぁ〜、可愛い〜♡」
「サラサラして、撫でたら気持ち良さそうな髪だね〜」
「ああ〜、モフモフしたい!」
男の子が高等部に近づくにつれ。
周りに、ブラウスにリボンタイ、それにチェックのスカートの生徒が増え出し。
それと共に、周囲から少年に熱い視線が集中し、また黄色い囁きも起こっていた。
女顔の可愛い少年が、短パンを穿いてランドセルを背負っていると言う。
好きな人が見れば、ヨダレを垂らして喜びそうな格好で、歩いているのであるのだから。
反応が無い訳がない。
しかし、少年は不安を抱えながら、俯いて歩いているので。
周囲の状況には気付いていなかった。
・・・
実は、少年が編入される事は。
既に、全校生徒の間には広まっていたのである。
学校側が、決してアナウンスした訳ではなく。
学校関係者からリークされた情報が、いつの間にか広まっていた。
しかし学校の中は、男が入る事に対する嫌悪感よりも。
生徒の間には、異常な歓迎ムードに包まれていた。
なぜならば、その子は。
一般的には”百年に一度の神童”として名高いが。
学園の中学部以上の女生徒からは、”小学部のとっても可愛い男の子”として、密かな人気があった。
取り分け、ある種の性癖を持つ女子には、特にではある。
なので、その子は。
放課後、下校途中でよく、同じ天津学園の中等部、高等部のお姉さんだけでなく。
セーラー服を着た、明らかに他所の学校の生徒や、綺麗な服装の大学部の生徒からも声を掛けられ。
お菓子や、アイスクリームなどを奢ってもらっていた。
そして、時には膝の上に乗せられながら、後ろから抱き締められた事もあった。
また、声を掛けられた時。
今時の子供には珍しく、人を疑う事も無しに。
素直に、可愛い笑顔したまま返事をして来るのだ。
少年は凡人とは、脳の構造が違う所為か。
若干、天然の気があるので、少年は他人を疑う事が殆ど無かった。
その様子は、まるで可愛い子犬が尻尾を振って、喜んでこちらに駆け寄る様に見えるので。
外見だけでなく、その性格も人気の要因の一つでもあった。
有名人でかつ、疑う事を知らない子だと。
誘拐される危険性が、あるように思われるが。
明らかに不審人物らしき人間が、少年に近づくと。
どこからともなく、数人の女性たちが出て来て取り囲むので。
今まで少年が、危険に会った事は無かった。
*********
「はあ〜、けいくん、りっくん、ともう会えないんだね・・・」
そう、少年は高等部に編入するので。
今までのクラスメートとは、会えなくなるのだ。
「そう言えば、あの時。
まりちゃん、りかちゃん達も泣いていたなあ・・・」
最後の日、少年が帰りのホームルームの時、教壇の上でお別れをした時。
大勢の女子が駆け寄り、少年に泣いて縋り付いたのである。
少年は天才的頭脳に加え、美少年だけあって。
同学年の女子にも、絶大な人気があった。
それは、教師の制止を振り切った女子達に取り囲まれ。
少年が、しばらく身動きが出来なかった程だった。
・・・
「はあ〜、大丈夫かな・・・」
再び、不安そうな台詞を呟きながら。
ぽてぽてと、少年が高等部の校門をくぐったのだった。