第10話 涼、拉致られる
「(キ〜ンコ〜ン、カ〜ンコ〜ン)」
「・・・んん」
昼休みが終わる、予鈴が鳴った所で。
涼の目が覚めた。
「おはよっ、涼くん♡」
涼の目の前には、亜美が覗き込む様にして。
微笑みながら、涼を見詰めていた。
「うふふっ、涼くん、可愛い寝顔だったよ」
「ホント、可愛い寝顔だったね〜」
周りのクラスメート達が。
キャッキャッ言いながら、そう囃し立てる。
それを聞いた涼は、顔を赤くして俯いてしまった。
***********
それから、次の時間が始まるまでの間。
「(ぽて、ぽて、ぽて)」
涼は、廊下を歩いていた。
周りには、同じ様にクラスメート達が廊下を歩いている。
なぜ、廊下を歩いているかと言うと。
次の授業が視聴覚室であるので、移動していたのだ。
そして、涼の近くに、亜美の姿が見えない様だが。
それは、探し物があるので、先に行くよう言った為であった。
そんな訳で、涼が一人で歩いていたが。
一人で歩いている涼を、周りのクラスメート達は、手を握ろうと狙っていて。
お互いに牽制し合っていたので、返って、誰も握る事が出来なかった。
こんな具合に、涼を遠巻きにした状態で、みんなが歩いていたら。
「(ヒョイ)」
「あれ?」
突然、涼が背後から、誰かに抱え上げられ。
そのまま、どこかへ連れて行かれてしまった。
しかし、周りのクラスメートたちは。
突然の事態と、あまりの早さに呆然としたまま。
その場に立ち尽くしていた。
***********
「ハアハアハア・・・」
涼は、抱えられたまま。
遠く離れた階下の、たまたま開放されていた。
空き教室へと、運ばれたのである。
空き教室へと運ばれた涼は。
そのまま、適当な椅子に降ろされる。
そして、その涼を運んだ人物は、涼の前にしゃがみ込み。
軽いとは言え、それなりの体重がある涼を運んだ所為で。
下を向き、荒い息を吐いていた。
「ハア・・・、涼くん・・・。
ハア・・・、ごめんね・・・、ハア・・・、イキナリ連れ込んでしまって・・・」
涼を連れ込んだ人物は、荒い息のまま、涼に謝った。
見ると、その人物は。
メガネを掛けた、お下げ髪の女の子だった。
その娘の顔立ちは、悪くはないが地味めで。
余り、明るい感じでは無かった。
また、その娘は、昼食時のクラスメートの輪の中に居たし。
また朝から、遠くより涼の事を、熱い視線で見詰めていた娘の一人なので。
涼も、顔だけは覚えていたのである。
「ど、どうして、僕をここに・・・?」
「ハア・・・、どうしても・・・、涼くんと二人っきりになりたいから・・・」
涼が、吃りながらもそう尋ねると。
その娘は顔を上げて、そう答えた。
「あ・・・、私、沢森美樹って言うのよろしくね・・・」
先程より、少し息が落ち着いた声で。
その娘が、自己紹介をした。
「私ね、前々から涼くんの事が気になっていたの。
それで、涼くんが帰る途中で、一緒になりたくて、よく小学校前で待ってたよ。
でも、いつもライバルが多くて、それが出来なかった・・・」
そう言って、美樹と言った娘が、語り始めた。
「それで、今日。
私のクラスに来る事になって、嬉しくて嬉しくて仕方なかったけど。
今度は亜美が、あなたを離さないから、ナカナカ近づけなかったの。
私に出来たのは、ようやく、あなたを撫でる事が出来ただけ」
そう言って、美樹は悔しそうな表情になる。
「私は、同じ年頃の男子は、乱暴で苦手だけど。
涼くんみたいな、可愛い男の子が大好きで大好きで、しょうが無いの・・・」
どうやら、美樹は、そう言う趣味の持ち主の様だ。
「だから私は、亜美みたいに、涼くんをギュッてしてみたいの〜。
ね、ね、お願い〜、涼くん、ハグさせて〜」
「・・・う、うん」
美樹が血走った眼で、両手で涼の両手を握り。
目線を涼に合わせながら、欲望に塗れた言葉を言った。
その外見から想像出来ない言動と、勢いに呑まれた涼が。
思わず返事をする。
「(ギュッ)」
「はあ〜、温かくて気持ち良い〜」
美樹が、涼からの許可が出たので、ハグしてみたら。
子供らしい感触と体温の高さに、思わず声を漏らす。
「(すりすりすり)」
「髪の毛も、女の子みたいで気持ち良い・・・」
今度は、涼の頭に頬ずりをして。
その滑らかな感触に、満足した。
「・・・ねえ、・・・今度はね。
涼くん、・・・キスしても、・・・良い?」
「えええっ!」
しばらく涼の抱き付き、頬ずりをしていた美樹は。
焦点の合わない眼で涼を見詰めつつ、ハアハア言いながら。
突然、そう言い出した。
ハグしている内に、理性が無くなってしまったみたいだ。
美樹がメガネを外して、そう言った後。
涼の頬を両手で固定すると、顔を近づけ始めた。
「お、お願い、止めてぇ〜!」
「・・・」
涼は、必死で逃げようとするけど。
細い腕からは、考えられない強い力で掴まれた為。
逃げる事が、出来なくなってしまっていた。
だんだん顔が近づくにつれ。
美樹は、眼を閉じ、唇を軽く突き出して来た。
涼は、何とか逃げようとするが、逃げることが出来ない。
そうして、もう少しで二人の唇が、接触するかと思われた時。
「(バキッ!)」
「きゅう〜☆」
「あっ・・・!」
「ハアハアハア!」
急に、何かを殴る様な音と共に。
美樹がイキナリ、涼の膝の上に倒れ込み。
そして、その後ろに、誰かが荒い息を上げていた。
その背後の人物を、良く見てみると。
亜美が、柄の折れた掃除用のモップを持っていて。
般若の様な形相で、倒れている美樹を睨んでいた。
どうやら背後から、美樹をモップで殴ったみたいである。
「ハアハア・・・。
他の娘から、涼くんがイキナリ拉致られたって聞いて探していたら。
こんな所に居たのね・・・。
ホントに。
こんな、トンデモナイ事をし出す娘が居るとは、思わなかったよ・・・」
亜美が折れたモップを傍らに置き、涼を両手で抱え上げたら。
椅子の上に、上半身をうつ伏せに乗せる形で、気絶している美樹を見て。
そんな事を言った。
「あれ? このお姉ちゃん、このまま放っといて良いの・・・?」
「良いの良いの、このまま放っといて、少しは頭を冷やさせないと」
涼を抱いた状態で、空き教室を出ようとした亜美に。
頭にタンコブを作り、気絶した美樹を見た涼が、そう言うと。
亜美は、冷ややかな視線で美樹を一瞥した後、涼にそう答えた。
こうして二人は、気絶した美樹を残して空き教室を出た後。
少し授業に遅れる形で、視聴覚室へと向かったのであった。