長文詩3
あなた方は]
誰一人として
違うというのに
同一として扱いたがる。
私は異性しか
愛したりはしないが
彼は彼を愛している。
誰一人として
違うというのに
同一として扱いたがる。
僕は異性しか
愛したりはしないが
彼女は彼女を愛している。
言葉が通じて
まぐあい
繋がることに
意味などないでしょう。
私たちは等しく出会い
私たちは等しく別れ
僕達は等しく愛し
僕達は等しく嫌う。
同じでないことは
化け物などではなく
違うということは
多様性と知りなさい。
なにひとつ世界を
あなただけという狭さに
する必要はないのです。
[強欲]
あれもほしい。
これもほしい。
おいしいものたべたい。
素敵なコスメも
うつくしさも手に入れたい。
でも
なんで
なんで
貴方は手に入らないの?
貴方のために
これだけ散財したの。
お金だって稼いだわ?
でも
なんで
なんで
私より何ももたない
彼女に声をかけるの?
どうして
どうして?
ある老人は悲しげに
私に呟いたわ。
「彼に好かれるために万人に好かれようと君は君を捨てたからだ」
何故?
それが何故わるいの?
[友]
友達というものはけして自尊心を満たすためだけの
ものではないとはいっておこう。
仮にだ。
その友人と名乗る者がとある集団の長だとして
その集団に会いたいなと呟いただけで
金がかかるぞというのなら
最初から性格や金銭からはいるものだ。
仮にとあるお金のかかるものをしていたとしても
友人は自分の望むだけの事を正しいということを
恫喝したりはしない。
むしろ冷静に怒り合わないものであるならば
きちんと話すものだ。
理性的な話や理性的でない喧嘩もあるだろうが
それが意味のあるものとして
自然とできるのであれば
それこそが友人であろう。
友人という定義はそれぞれでいいが
少なくともいちいち友人だを連呼して
自分の流儀ばかりを伝えるひとに
善意や好意をもたないのも
人ではあると私はおもう。




