本番
ここからはタイトルの如く本番であり、京都から南港へ来た理由である「なにわの海の時空館」見学編に移りたい。時は十二時を過ぎて、しかも一時からはまだ遠い頃合、ATCで腹ごしらえも済ませたのでいよいよ本命を叩き込もうと思い立った。
私はATCから脱出すべくITM棟を北上したが、どこから出ればいいのかちょっとよく分からなかった。とりあえず館内で行けるところまで行ったところ、回転ドアが固定された壁の横に扉があったのでそれを押してようやく空に触れることが出来た。
やたらと巨大な横断歩道を北上すると、「←なにわの海の時空館」という案内の看板があったので「ここから目視できるかな」と確認したところ、無事に例のガラスドームを確認できた。そんなに遠くはないようだ。私は階段を下りて人工運河のそばにある道を歩いた。
この写真からも分かるように、運河とそれに沿った道のすぐ近くが更地になっており複数の重機がうなっている。ここにはどうやら「おおさかフードアウトレット」という施設があったらしい。この風情も何もない道をしばらく歩くと階段とやけに長いS字型スロープに道が分かれ、ここを上がると今日の目的地が眼前に大きく姿を現した。
周辺には、まずカメラを持って写真を撮りまくっている夫婦がいたが、おそらく私と同じ考えでここに来たのだろう。さらにどこかの幼稚園児が団体で見学に来ていた。引率の先生はここが後数日で閉館になるのを知っているだろうに、よくもまあやるものだ。いや、むしろだからこそなのか。まあ園児たちにとってそんな話はどうでもいいし、今日の事だってすぐに忘れてしまうのだろうけど。
この写真では1/3も伝わらないがガラスドームは海を隔てた向こうにあるので、入るにはまず手前のエントランス棟に入って受付の人から600円で変なコインを買って、そのコインをゲートに投入しないと乗れないエレベーターでまずは地下へ向かう。このエレベーター、多分着いたのになかなか開かないなあと思ったら開いたのは逆の扉だった。両面に扉があるタイプで、ちゃんと「むこうのドアが開きます」という表示もあったのだが暗いからよく分からなかった。
そして海底の道を歩いてドームへ向かう。天窓から大阪湾を覗いてみようなどとあるが、基本的に海草がゆらゆらしている様子しか見えない。でも稀に魚を見る事が出来る。
行きではあっという間に通り過ぎた魚が一匹。そして上の写真は帰りの際に撮ったものだが、これを見られただけで「ええもん見たわ。来て良かったかも」などと不覚にも思ってしまった。ともかくこの道の先にはエスカレーターがあって、それを上るとようやく本番がスタートする。
「順路は四階です」
受付のお姉さんが機械的に発した声に従い、私はエレベーターを使って最上階に進んだ。ガラス張りのエレベーターからはここの象徴と言える復元された菱垣廻船「浪華丸」がよく見える。これは本当に大きい。さて、四階に到着したが、まず目に入ったのが画面の半分を隠されている貧相なマシンだった。
タイトルボタンを押しても音声しか流れない。映像はどこだとあたりを見回したところ、上に画面があった。ここも写真を撮ったのだがちょっとプライバシーに関わる問題が見つかったので非公開にするが、とにかく左側を覆うプラスチックをひっぺがえしても何もないので素直に視線を高くする事。どうにも全体的に規模が大きすぎて私のような小者には手に余る。
この四階は「海がつなぐ世界の文化」という事で、色々とロマンのある展示がなされてある。例えば西洋の人たちが作った世界地図が時代とともにどう変わって行ったかとか、それに六分儀とかピザを切り分ける道具みたいな形状の何か計測するものとかは実際手に触れることも可能だった。
こいつらがフィギュアヘッド。船の先っぽにつけてる像で、航海の安全などを祈願するために神様なんかをかたどったものが多い。こういう集まりが全部で三箇所ぐらいあって、これはなかなかに迫力があった。「あれ、やっぱり来て良かったかも」と割と本気で思わせる展示だった。将来詐欺に騙されないよう注意したい。
ただ、館内がやけに温い。確かに今日は春の陽気がポカポカだったが、海沿いなのもあって外はやっぱりそれなりにコートによる防備が必要だった。しかし館内ではそれを脱がないと逆にやっていけない程だった。私だけでなく同じエレベーターに乗っていた男性も右腕に黒いコートをかけていた。と言うわけで、見学の際は着脱の容易な服で行ったほうがいい。
満足しつつ三階へ階段を使って降りる。ここは「大坂みなとの繁栄」というテーマで、江戸時代に「天下の台所」と呼ばれた当時の様子がジオラマやら映像などで再現されている。でもジオラマと言っても単なる絵とかミニチュアではどうにもダイナミックさに欠けるというものだ。それがどれだけ精巧でもやっぱり実物にはなかなか敵うものではないし。
映像は、博物館では割と見かけるボタンを押したら映像と音声が再生されるタイプのもので、でも一本が結構長いのでだれる。一部映像においては時代劇に出てきそうなちょんまげや着物を着たお兄さんが出てきて、しかも「~でおまんがな」とかコテコテの大阪弁を操っていた。
これは公式サイト(http://www.jikukan-ogbc.jp/index.html)を見たところ「バーチャル解説員」と言うらしい。そろそろ閉館する博物館だけにこの公式サイトもいつまで見られるか分からないが、浪華丸唯一の航海の様子などを見る事が出来る。
次は二階。ここは「船」という事で紀元前に使われた丸太をくりぬいただけの船とかも置いてあるが、何よりメインは実際に乗船できるという「浪華丸」だ。一歩足を踏み入れると、なぜか足音がエコーしてちょっと楽しくなった。船内は暗くて狭くて階段が急で、常にビクビクしながらの冒険だった。日本人成人男性の平均身長程度の私でも普通に歩くと頭をボコボコぶつける程だったので、特に長身の方は十分に警戒しないと船から出た時に顔の形が変わりかねない。
他の展示で印象的だったのは、江戸時代の航海の様子などを教える映像がなぜかこれだけアニメだったという事だ。基本的には実写なのに、なぜこの一角だけという違和感があった。それと伝馬船なんかもあったがこの辺はちょっと私のテンションが落ち着いたのもあるし展示も割とスカスカだった。でかいのに何となくちゃちい龍が置いてあったのは二階だったか三階だったか。
そして一階に戻った。ここは「海への誘い」と題して、映像や本、それにゲームなどが揃っている。まずは本、「ミニライブラリー」と言う事で、パンフレットによると「船や海に関するお子様向けの図書が充実」しているらしい。そのラインナップはと言うと、ドン!!
そうか、その手があったか! 確かに「船や海に関するお子様向けの図書」としてこれ以上ない知名度。何度も読み返されたようでユーズド感はかなりのものとなっている。一応この反対側には普通の絵本とかもあった。試しに国旗の絵本をめくると何かベラルーシやカンボジアの国旗が違う。さらにアフリカにはザイールがあった。裏表紙を見るともう二十年前の代物だった。
他にも、「ごきげんよう」並の巨大さいころを振って遊ぶ人間すごろくなんかもあった。私は一人で来たのでこれをプレーするにはあまりに空虚だったが、複数人で行ったらやるのもいいのではないか。
帰る際は来た道を歩いて引き返して、エレベーターでエントランス棟まで浮上する。出口のゲートを通り抜けてすぐの所にはこの期に及んで来場者へのアンケートなどもあった。今更何を参考にするのだろうか。まあ一応記入したけど。
総じて言うと、しょっぱなの四階が個人的なピークだったがまあそれなりに楽しめた。でも総工費176億円だとか、浪華丸だって10億円かけて作った割に航海したのは一度だけとか、市長が「金の無駄だから廃止しろ」と言う気持ちも正直分かるような施設だった。せめて普通の建物ならこんな事にならなかっただろうに。
まあ今更どうこう言ったところで金をかけて出来てしまったものは出来てしまったのだし閉館されるものは閉館されるのだから、たとえしょぼい施設だったとしてもしょぼいと言えるのは実際に見に行った人だけで、それが出来るチャンスは今日を含めて後たった四日。でももう今日の営業は終わっているので金曜日、土曜日、日曜日しかないと言っていい。今週末はみんなで大阪南港に行って無駄遣いを大いに笑おう。
そこからまたATCに舞い戻ったのは前述の通りであるが、もう少し時間が合ったので時空館の西へと足を向けた。通行量の少ない道路、横断歩道がなくても余裕で横切ることが出来る。さすが港湾、外国から来たコンテナが山積みにされている一角を横目に歩いて行くと何やら公園らしきものがあった。「野鳥園」なるものがあるらしい。とりあえず進入してみようとしたが水曜日は休みだったようで引き返さざるを得なかった。これは割と足に来る。仕方ないので時空館をもう一度近くで見ようと戻った。
しかしなかなか戻れなかった。「夢咲トンネル」なる道が開通した影響で大きく回り道しないとたどり着けないようになっていたからだ。時間と体力を浪費してしまったのでうなだれるように海沿いのベンチに座り、眼前に広がる大阪湾がうねる様をただ何も考えずに眺めていた。コンクリートを叩く波の音が不規則に響く。コンテナ山積みの大きなフェリーが通る姿はダイナミックだった。何とかとかいう芸術家がデザインしたゴミ処理施設も小さく見えるが、遠くからでも派手でアミューズメントパークのようだ。
十分に海を堪能したところで私は夕陽に背を向けてコスモスクエア駅へと歩き始めた。よく整備された歩道をまっすぐ進めばおのずと駅までは行ける。ただ正直ちょっと遠い。道すがら、ランニングする人や写真を撮る人、釣りをする人などそれぞれがそれぞれの時を過ごしていた。でも近くにある看板を見るとこの辺は釣り禁止らしい。
しかしあえて何かを言うほどでもあるまい。今日見てきたビルの群れやそれを包み込む海を前にすれば人間なんて風の前の塵よりも小さなものなんだから。ましてやそんな小さな人間の胸のうちにある罪なんて、海すら自分の色に染め上げる太陽を前にしてなおどうして滅さずにいられるだろうか。
かくして京都から日帰りで南港見学を終えたが、なにわの海の時空館まとめは大体こんなところ。
・最寄り駅はコスモスクエア駅だが別にトレードセンター前駅でもいい
・食事どころは近くにないので予め用意しておくかATCで食べる
・割と楽しいけど人も少なかったし廃止と言われると仕方ない部分もある
・チャンスは実質後三日のみ
・だから今週末はみんなで大阪南港へ行こう