姫の命名
正直、王妃はその後のことをよく覚えてはいない。
話によると、
『2,3日意識不明であったそうだが、第一皇女の出産となればそれは大層な重圧だったであろう。
お産まれになった矢先、姫様は無反応でもしかしたら死産かもしれない、という雰囲気で姫様がお笑いなさったため、張り詰めていた緊張が一気に途切れてしまった可能性が一番高い』
と言うことだった。
大概的外れな診断ではあったが、いちいち訂正していては国民や臣下達に不安を与え兼ねないので、王妃はとりあえず頷いておいた。
そして王妃は自身にとって最も大事な事柄を、まだ耳にしていない。
それは、
「して、クルツバッハ殿。
我が娘の名前はどうなっているのです?
命名の儀はもう差し迫っているのでは。
王は何か仰っていましたか?」
なんと言っても娘の名前であった。
宰相である、灰色の髪をした初老の男に尋ねてみる。
すると彼は苦笑いしつつ、こう答えた。
「陛下なら、執務以外はずっと王妃様に付きっきりでございましたよ。
姫様も一目見て感動しておられましたが、その後王妃様がお倒れになったと聞いて血相を変えておりましたとも。
一応はお伺い致しましたが、
『王妃と同じで良い』
と仰いましたので、即座に却下させていただきました。
なので、困ったことにまだ決まっておりません」
笑顔でサラッと、あの気の短い国王陛下の意見を斬り捨てるとは、やはり彼もなかなか手強い人だと、王妃はあらためて確認した。
などと、他事を考えるくらいの余裕が生まれた。
何故なら、まだ誰も姫に命名をしていないからだ。
これは自分に与えられた最初で最後の大チャンスであった。
上手く行けば、これからの未来、姫を守り抜くことだって出来るかもしれないのだ。
「心配なさるな。
クルツバッハ殿、どうぞ、私に命名する権限を与えてください。
なれば、必ずや命名の儀の時に素晴らしい名を姫にお付け致しますゆえ」
王妃は宰相に対して、国王に接する時と同じような姿勢を取って希った。
そんな最上級のお辞儀をされた宰相は驚きながら、
「王妃様っ、頭をお上げください!
私めなぞに、そのような礼は恐れ多すぎます。
元は陛下からの伝言で、命名は王妃に頼んだと申し付けられておりますので、私が王妃様にお頼み申し上げるべきですから、どうぞ、畏まらずにいらしてください」
と申した。
王妃は礼を解くと、
「承知しました」
と言ってゆったり微笑んだ。
しかし、頭の中ではすでに、あと数日に迫っている儀式までの計画が広がっていた。
その数日後、儀式の肝要である名付けの場で国王陛下はこう言い渡した。
「我が娘、第一皇女を"シュニーヴァイスヒェン"と名付ける。
理由はご覧の通り、雪の精のような容姿をしているからだ。
これからは皆、シュニーや白雪姫と呼んでやってくれ」
国王がそう告げるや否や、周りに仕えていた者達は『白雪姫、万歳!』などと言って"神よ姫を護り賜え"という讃美歌を歌い始めた。
その後ろで王妃は臣下に笑顔を振りまきつつ、内心ではとても緊張していた。
だがこれで儀式は無事に済んだのだ。
国王を含め、皆姫の事をシュニーヴァイスヒェンと呼ぶはずだ。
まさか、王妃が意識を取り戻した後すぐに姫に名前を与えていたなんて誰が疑おうか。
この式で偽名が名声されていたことすら気づかせないように、王妃はこっそりと命名契約をしていた。
“我が名はスターチェリー
汝の母親なり
以てその権限を行使し
我、汝と命名契約を締結す
以て汝、名を"エーデルワイス"と命名す”
彼女達の立っている下に描かれた五芒星の術式が光り、二人を包み込むように広がる。
呪文を唱え終わると王妃は姫の心臓がある辺りに洗礼のキスを落とした。
魔法陣は一層光り輝くと、その光が王妃の口付けた箇所に収縮していく。
そしてその左胸元にはエーデルワイスの花のような刻印が印されていた。
興奮冷めやまぬ広間で、皆久しぶりに明るい宴を始める。
王妃は謁見室の王座の側に控え、まだ赤子の姫を守るようにして腕に抱いていた。
結局は王妃が目論んだ通り、姫が14歳になった今でも本名は誰にも暴かれてはいない。
皆、彼女の名をシュニーだと勘違いしたまま、城から出すことが出来たのだ。
しかし、ここまできて大きな狂いが生じていた。
それは姫が"魔女の森"に行く途中で行方不明になった事。
せっかく城から、この国から逃がしたのに、"魔女の森"で保護してもらう前に力尽きてしまったら、元も子もないだろう。
王宮で皇女として育てられたのに、果たして山で生活出来るのか?
そもそも、城から出すこと事態が間違っていたのか……
王妃は姫の安否が気掛かりで、深い憂慮に陥っていた。
読み返していたら、次のお話と繋がりがよく分からなくなっているので補足しました。
少しはマシになりましたかねぇ…