第2章 恋の盛り その3
これは、昭和も終わりの頃の、
ある男女の話である。
その週末の日になった。
待ち合わせの駅で二人が落ち合うといきなり、
恭子は高崎の手をとって駅の隅の方へ引っ張った。
「今日はだめになったのです」
しかし彼はすぐにはその意味が分らなく、
「何か急用でも出来たのかい」
と聞くと、彼女は顔を振って、下を向いて言った。
「だから今日できなくなったんです」
「なんで?」とさらに問いただすと、
彼女は顔をこわばらせて
「分かるでしょう・・・。」
と焦れたように答えたのである。
そこでようやく彼も気がつき
「ひょっとしてあれが始まったということ?」
と小声で言う。
彼女はうなずくと
「あなたと付き合い始めてから、生理の周期がめちゃめちゃになったのです。」
と抗議するような口ぶりで、困惑した顔を見せた。
そこで彼は静かに言った。
「今日は泊るのはよそう。
やっぱりそのことは、旅行の時までとっておこう。
二人にとって大事なときなのだから。
そしてある静かな渓谷の旅館を見つけたから、
二日間、二人きりで過ごそう」
すると今度は、彼女の顔に喜びの表情が
あふれてくるのをはっきりと見ることができた。
彼女は、彼のやさしい表情の中に、
愛されていることの喜びを感じていたのである。
旅行の日になった。
その日は、12月にしては温かい土曜日であった。
1時に待ち合わせた新宿駅で落ち合ったときの恭子の顔はこわばっていた。
甲府駅行きの鈍行は土曜日にしては空いていた。
高崎はしきりに彼女に話しかけたが
いつもより言葉少なに答えるだけであった。
2時間ほどして二人は塩山で降りた。
淋しい駅であった。
駅からは西沢渓谷行きのバスに乗ったが
バスは、夕暮れの山間風景の中を1時間近く走るのだった。
バスの中も彼女はますます無口になった。
バスに乗っているのは、数人いるだけであったが、
最後は二人だけとなり、
宿についたときは陽もとっぷりと落ちていた。
宿帳には夫婦と書いたが彼女との年齢差を考えると冷汗が出た。
部屋に入り、部屋の係りの女が、入ってきて茶を淹れ始めると、
二人は居心地の悪い思いをしたが、
突然恭子は正座するなり、
丁寧にお辞儀をしながら、
用意していたらしかった心付けの袋を差し出した。
その姿を見て彼女のつつましさに満ちた姿に思わず感じ入った。
係の女が出ていくと、高崎は、すぐ浴衣に着替え
「君も着替えたら」と言った。
すると、彼女は隠れるように隣の部屋に行き、
浴衣に着替え始めたのである。
二人がここまで来てなお、
そんな恥じらいを見せる彼女を、彼はまた愛おしく思うのだった。
夕食と、その後の別々の風呂も終えて、
二人の話が途切れたのは、夜も更けてきたときであった。




