第1章 はじまり その4
これは、昭和も終わりの頃の、
ある男女の話である。
高崎は職場にいるとき恭子を見て
仕事の話以外はあまりしない口数の少ない女性という印象を持っていた。
むしろ職場で彼と対面しているときなどは、
彼女は緊張して、あまり言葉が出てこないときもあったぐらいだった。
そんなところも彼は好ましいと思っていた。
しかし、キスをした翌日から二人だけになると、
彼女はまるで人が変ったように非常に口数が多くなったのである。
しかし彼の方はそういう仲になっても
つい職場の口のきき方になってしまうのだった。
そして彼が職場と同じような感じになってしまい
恭子という名前でなく姓で彼女を呼ぶことがしばしばあったのであるが、
そんなときはすぐに彼女から抗議の言葉が出たし、
ときには「課長!職場みたいな呼び方止めて!」
という蓮っ葉な言葉が彼女の口から洩れることもあった。
彼は内心驚いた。
ほんの1時間ほど前には、
彼女は部下が上司に対して使う言葉使いであったのに・・・
彼女の大きな変化に戸惑いを感じつつも、
彼としてはそれは自分に対する親愛の気持であると考えたのである。
そして彼も、
「こういうときに課長という呼び方もやめてもらいたいね」
と言い返すのであった。
すると彼女はこう答えたのである。
「課長という言葉の響きが好きなのです。課長は尊敬出来て親しみが持てる方だと思った
からなのです。」
彼はその答えをいつも喜んだのである。
二人が仕事帰りに会う時
いつも終電まで別れることができなかった。
そしてその日の別れの時間がくると、
二人はキスができる暗がりを求めた。
それは店を出るときに乗るエレベータの中や、
人通りの途絶えた路上での、
ほんの一瞬だけのキスで、
満足しなければならないこともあった。
そして当然の流れとして、
高崎はそれだけでは満足できなくなってきた。
彼はキスの時に服の上からではあるが彼女の胸を愛撫しようとしたり、
そして彼女の腰の周りにも手をまわそうとしたが、
彼女が身体をくねらせてやめて欲しいと抗議したので
それ以上は彼も出来なかったのである。
また、平日の夜に会うだけで満足していた二人も、
もっと長い時間の逢瀬が欲しいと思うようになった。
特に週末に彼女は、高崎が週末に家庭に帰り自分を忘れているのではないか
と思うことが多くなってきた。
週末も彼を独占したいという気持ちが次第に膨れ上がることを制止できなくなってきたのである。




