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第1章 はじまり その2

これは、昭和も終わりの頃の、


ある男女の話である。


翌日高崎は毎週定例的に行われている課内の会議に出た。


ただ出ているだけでほとんど済む退屈な会議である。


このごろ彼はこの会議中によく妄想するようになっていた。


そして今日もほとんど出番がないことを確かめると


昨夜の恭子のことを考え始めた。


昨夜のキスの余韻がまだなまなましい感触で残っていた。


もはや彼女を失うことは耐えられないと思った。


高崎は彼女と出会うまでの日々を思い返していた。


入社して16年、ほぼ同期の誰よりも早く課長になり、


昨年は少し通勤に時間はかかるが、マイホームも手に入れた。


27歳の時に結婚した妻との間には3人の娘がいて、


いわゆる幸福を絵に描いたような人生と自分でも思っていた。


でもなにかが物足りない。


単調な生活を埋めるのに自分は一体何を求めているのだろうか。



このごろ帰宅の電車のつり革にぶらさがりながら


ふといろいろと考えることが多くなった。


そしてそのとき頭の中に浮かぶのはこのごろはいつも「恋」である。


恋をもう一度できるならば、


すべてが輝きをもつのではないだろうか。


しかしすぐに彼は頭を振る。


一体誰がこんな中年の既婚者の相手になってくれるのだろうか。


そう思うと今年の春入社してきた恭子の笑顔が浮かんでくるようになっていた。


彼女は愛くるしい顔立ちで、


同期の男たちの間には激烈な競争が始まっているという。


しかし彼女は自分と顔を合わせると、


とびきりの笑顔を見せてくれるような気がする。


あれは上司に対する業務的な笑顔とは違うと高崎は思う。


でもそれを恋の相手に対する笑顔と考えるのは、


うぬぼれがすぎるのではないか。


「神はどうしてこんな魅力的な若い娘を


自分の目の前にちらつかせるのか?」


彼は天に向かってそう抗議したくなる。


こんな男はいわば危険な可燃物であり、


彼に近づく女は火気となる。


近づきすぎると一気に燃え上がってしまうのだ。


自分に全く縁のないと思っていた今年入社してきた若い女たちは、


下心の見え透いた若い男には警戒心を隠さないが、


恋の退役者を装う男には無邪気に近づくことがある。


特にファザコンの女はよけいそうだ。


彼はそう解釈してきた。



そうだ確かに恭子は俺に近づいてきた。


そして昨夜とうとう俺は彼女とキスをしてしまった。


あのとき彼女は身体の重みを柔らかく俺に預けてきたのだ。


「課長、どうしたんですか。ぼーとして」


部下にそう言われ高崎は現実に引き戻されたのである。



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