第4章 恋の終わり その1
これは、昭和も終わりの頃の、
ある男女の話である。
恭子は、意外なほどあっさりと高崎が承諾したことに、
いよいよ幸せな気持ちになった。
そして少し恥ずかしそうに言った。
「もう一つお願いしていいですか」
「何?」
「変なことを言うようですが
今日、どこか休めるところに行って
あなたを膝枕したいのです。
でも膝枕だけでいいので
それ以上は今日はしたくないのです。」
彼はすぐ承諾して、
ホテルを探したがあいにく見つかったのは
昔風の旅館だけであった。
旅館の女は二人の様子を見て
布団を整えようとしたが
「少し休むだけなのでそのままでいいです」
と彼女は言ったのである。
しかし彼のほうは、膝枕だけで済むはずもなく、
結局はその夜、二人は暫くぶりに肌を重ねたのであった。
4月になって、高崎は違う部署に転勤になり、
恭子とは上司と部下ではなくなった。
そして彼女のほうも、
彼の通勤の途中の駅にあるアパートを探して引っ越しした。
彼女は彼のための
パジャマ、歯ブラシ、茶碗、箸と買い整えたのである。
そして彼女は、
毎日退社時刻が来ると、
いちもくさんに帰宅して夕食の準備をした。
彼も、仕事を出来るだけ早く終わるように段取りし、
付き合いの酒も断り、彼女の部屋に向かった。
最初は新婚世帯をもったような、
おままごとのような気分であった。
しかし、食事をともにして、
肌を合わせてしまうと、
彼は帰りの電車が気になるのだった。
恭子も最初のうちは仕方がないと我慢していたが、
そのうちそれが耐えられなくなっていった。
彼女は、彼が彼女の体の中で果てた途端に、
高崎が帰りを気にするようになるのを知っていた。
そこで彼女は、彼が出来るだけ早く帰らないように、
彼のセックスの要求をすぐには受け入れようとしないようにしてみた。
しかしいざ彼から求められると、結局は
すぐにでも抱いてもらいたいという気持ちに負けてしまうのであった。
次に彼女は、すぐベッドに入る代わりに、
彼が終わるのをできるだけ伸ばそうと考えたのである。
そして、その途中で、
なにか理由をつけて彼の腕のなかからすり抜けたのである。
しかしそんな小手先のことでは、
結局は済まなくなってしまうものであり、彼女は言った
「今夜は泊っていって」
「そんなことをすれば、大ごとになる。」
いつしか、彼が彼女のアパートに着くなり
そんな押し問答が繰り返されるようになるのだった。




