第3章 恋の翳り その6
これは、昭和も終わりの頃の、
ある男女の話である。
恭子の日記には次のように書かれていた。
「あなたと夜に会えない日が多くなってから、
あなたが他の女性と会うのではないかという
心配を私がするようになったことを御存知でしたか?
いままで言いませんでしたが、
これまでもあなたは付き合った女性がいたことを
教えてくれた友達がいるのです。
そのことの不安がだんだん大きくなっています。
現実に、あなたは奥様を騙して私と付き合っているわけです。
でも私だけは騙してもらいたくないし、
私もあなたを信じたい。
だから朝会った時、
お互いにスケジュール帳を見せ合いましょう。
そうすれば、お互いの行動を知ることができて安心です。」
彼は彼女とのことに隠すようなことは何もないと
弁明に努めたが、
彼女の予定を教えろという要求を否定する理由も考えられず、
結局これもまた、
彼女の言うとおりにすることになったのである。
そして次の日から、
朝の待ち合わせの時刻を早くして、
お互いのスケジュールを見せ合うことが始まった。
そしてそのたびに彼女は、
「私のプライベートな予定はすべてあなたとの予定だけ。
私って、一途な女!」というのが口癖になった。
そして年度末まであと一月という2月末の夜のことであった。
その日の彼女は、
しばらくぶりの夜の逢瀬ではしゃいでいた。
彼は彼女の機嫌が良いことに安堵して
こう切り出した。
「実は4月から新しい部署に転勤する話がきたよ。
自分としては悪くないポストなので、
承諾したけどね。
君の顔を昼間見られなくなるのは淋しいけれどね。」
すると彼女のほうもこれまで自分一人で考えていたことを、
口に出したのである。
「そういう話を一言も相談せずに決めたのはひどいわ!
でもいいです。おあいこだから。
私は、3月中に引っ越したいと思っています。
あなたが通勤の帰りに寄ることができるアパートを、
いま探しています。
引越したら毎晩来てくれますか。」
彼は、うろたえ、怖くなり、不安な気持ちになった。
しかし今度も否定する理由も考えられず、
承諾せざるを得なかったのである。




