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第3章 恋の翳り その4

これは、昭和も終わりの頃の、


ある男女の話である。




朝の電車で会おうと約束して初めての朝に、


高崎が約束の駅のホームに高崎が行くと


恭子は彼に微笑みかけながら、


「後で読んで下さいね」と言い、


1枚のルーズリーフを渡した。



二人の乗る電車はかなり混雑していることが多く、


ありきたりの話をするだけでも難しいのであった。


その代り、混雑に紛れて、手を握ったり、


顔を触れそうになるぐらい近づけて、


お互いの顔を見つめ合ったり、


時には電車がガタンと揺れるときに、


抜かりなく頬を寄せ合うことも出来たのである。



しかし、このように、二人は朝の30分間ではあるが、


相手の体の体温を楽しむことができたのは、


朝の刺激としては、大き過ぎたかも知れない。


ときに彼女は体の芯が熱くなり、


降りるべき駅についてもすぐに降りることが


出来なくなってしまい、


彼だけが降りて、

彼女は次の駅まで行ってしまうことがあった。


また彼も、その感触がいつまでも残ってしまい、


すぐには仕事が始められないようなこともあったのである。




さて、最初の日に恭子が渡したルーズリーフは、


次のように書かれていた。


「私が最終的に求めるのは、あなたとのやすらぎ。


その為には、もっともっとあなたのことを知りたいし、


私のことを知ってもらいたい。


しっかり向き合って付き合いたい。


二人の間では訳のわからない妥協はしたくない。


とことん話をして理解し合いたい。


これまでそんなことは誰とも出来なかったけれど、


あなたとならばそれがきっと出来る。


こういう状況の中ではありますが、まわりの人を騙してでも、


できるだけ長く付き合いたい。


あえていうなら、


私が結婚を願うほど切羽詰まった気持ちになるまで。


そのような心の交流の後にしか、


本当のやすらぎは来ないと思います。」


高崎はこれを読んで、


いままでは一見大人しそうに見えた彼女の中に


これまで知らなかった彼女の半面があることに


気づかないわけにはいかなかった。


そして、


「そういえば彼女は、この間も自分からきっちりと主張していたな」


と思い返すのであった。


また彼は、彼女が初めて結婚という言葉を出した


ということにも気がついたのだが、


彼女がそのことを、願い始めているのかなと、


その真剣さが嬉しい半面、


「少し大変なことになってきたな」という、


心の中に少しではあるが、


男の身勝手な気持ちを感じ始めたのである。


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