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第3章 恋の翳り その3

これは、昭和も終わりの頃の、


ある男女の話である。



恭子は、旅行から帰っても、一人になると、


初めて抱かれたときのことを


何回も頭のなかで、反芻していた。


特に初めて高崎が自分の中に入ってきた瞬間の感触が


忘れることができないでいた。


それを考えることは、


体の芯が熱くなるような感覚が襲ってきて、


彼の温もりを感じる幸せな時間であった。


しかし、このようなホテルで体を重ねるということは、


ずるずると肉体的な関係を続けているという


なにか不潔な感じがしてしまい、


あのときの幸せを台無しにしてしまうような気持ちに


なっていたのである。


また、ホテルに入るときに従業員にそれとなく見られるのも、


廊下やエレベーターの中などで


他の男女と顔を合わせるのも厭であったのだ。


しかし、彼女のその気持ちの中には、


感じ始めていた彼との年齢差に対する抵抗が


含まれていたこともあったのであるが、


それはまだ彼女自身も、


気がついていなかったのである。




そして高崎は恭子の顔を見て


いつの間にか


非常に大人びた顔になっていることに気がついた。


彼女は真剣な顔をして言った。


「毎日、少しの時間でも会いましょう。


それにはお互い少し回り道をして、


待ち合わせて同じ電車に乗れば30分ぐらい会えます。


そこで誰かに見つかってもあやしまれません。


そして、私、手紙を夜書いて、朝お渡しします。


あなたも時々書いてください。


そうすれば電車の中でお話できないこともお伝えできます。


そして、ときには、遠くでなくてもまた旅行しましょう」


これを聞いたときに彼は、これまでの彼女とは違う


はっきりとした言い方に驚いていた。


「恭子は変わった・・・


彼女は女になって変わってしまったのか・・・」


という思いが頭の中で回って離れなくなっていたのである。


次の日から二人は朝の通勤の時には、


ある乗り換え駅で待ち合わせて同じ電車に乗り、


会社のある駅で降りると、


そこで離れて別々に出社するということをするようになった。


そして電車の中のおよそ30分が


二人の平日の逢瀬となったのである。



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