第1章 はじまり その1
これは、昭和も終わりの頃の、
ある男女の話である。
第1章 はじまり
その1
今年の春にこの会社に就職した恭子は
職場の上司である高崎に手紙を書いた。
初めての職場で心細い思いをしていたとき、
課長である彼が
「これを参考にするといいよ」
と彼女にずしりと分厚い自分の蔵書を手渡してきたのだ。
その本は彼女にとって仕事の上のバイブルとなった。
本を返すとき手紙を添えようと思った。
最初は、自分にとって、
男の存在がどれほど支えになっているか、
ということへの礼を述べるつもりだけの手紙だったが、
若い娘らしいからかいをこめてこう書き添えた。
「朝少しぐらい体調が悪くても
素敵な課長のお顔をみると元気が出てきます。」
そんな手紙を書いて、
いつもより30分近く早く出勤した彼女は、
彼の机の上に手紙を挟んだ本を置いた。
なにかすごい秘め事をしたように、
彼女の額には汗がにじんでいた。
彼女は、すぐ後悔した。
彼は最後の文を読んで、自分を軽蔑しないだろうか。
しかしその時は、
もういつも一番早く出てくる
初老の男が席に座って新聞を読んでいた。
その日の朝は彼に急な出張があり、
出てきたのは、午後であった。
午前中、恭子は机の本を何度も眺め落ちつかなかった。
しかし、そんな彼女に幸せな午後がきた。
ようやく出てきた高崎が、机にある本を取り上げ、
手紙を読み始めた。
そして、顔を赤らめて周りを見渡して、
自分を見たとき恭子は
「可愛い」と思ったのである。
初めて二人きりになれたのは、
入社して3月ほども立ち、
高崎が出先で必要になった資料を恭子が届けたときだった。
夜になっていたので、
彼は恭子を夕食に誘った。
彼は日ごろ新人ながら頑張っている恭子の労苦を
ねぎらいたかったのである。
その後二人は食事のあと、
近くのバーで過ごすことになったが
彼女はいつもよりはしゃいでいた。
そして気がついた時、
終電の時刻はとうに過ぎていた。
彼は彼女をタクシーで送り、
彼女のアパートの近くの公園のそばまできた。
初夏の木々の匂いのする人通りの絶えた公園に入ると、
彼女は彼の腕に手を絡めた。
彼は深いため息をついた。
「明日も会えるかな?」
「ええ」と彼女は答えた。
二人は翌日の夜もまたその公園にきた。
お互いの気持ちを確かめて、
貪るように唇を求めあった。
それが二人の恋の始まりだった。
続く




