佐藤くん
佐藤くんってば、どこからどう見てもありふれてる。
だって、まず、彼の名字は佐藤なのだ。名前もタイチで、ふつう。佐藤くんはふつうの名字にふつうの名前だ。だから、初対面ではイマイチぱっとしない。
次に、彼は野球部だ。佐藤くんは誰よりも野球が好きなのだという。でも部活では試合の活躍が乏しくて、最近ではチームのベンチから外されてしまったらしい。そのことが悔しくて、彼は先日、チームメイトの前で泣いてしまったのだそうだ。この話は、野球部のマネージャーをしている朋子から聞いた。
野球部で、野球が好きで、でも野球はあまり上手じゃなくて、それが悔しくて泣いてしまう。
なんだかよくある話だなあ。なんて思いながら、私は二つ前の席の佐藤くんの坊主頭を見つめる。
野球部の決まりで、部員はみんな頭を丸刈りにしている。学校の中で坊主頭を見かけたら、その人はたいてい野球部だ。
四限目の授業が終わると、佐藤くんは友達数人と連れ添って食堂に行く。去年までは、昼休みにグラウンドの整備をしていたが、今年からそれは新一年生の仕事だからやらなくていいらしい。
五限目の英語の授業中、佐藤くんはずっと机に突っ伏していた。ゆるやかな時間の流れを感じながら、私は佐藤くんの背中を見つめていた。
よく寝ている。
退屈なのだろうか。
それとも、疲れているのかもしれない。
私は、彼が毎晩素振りをしているのを知っている。最近になって始めたのだ。部屋の窓のカーテンの隙間から、私は毎晩こっそり外を覗いている。
いつだったか、私は彼に、手紙を書いたことがある。それは用事や要件を伝えるものではなくて、私の思いのたけが書かれた手紙だ。
ありふれた佐藤くんは、きっと女の子から手紙を貰うことに憧れてる。なんて朋子が言うから、私は生まれて初めてそういう、佐藤くん以外には他の誰にも見られたくないような手紙を書いた。恥ずかしくて、私はそれをろくに読み返すこともせずに封筒につめた。まだ渡してもいないのに、胸の動悸が激しかった。
次の日の放課後に、彼の机の中にこっそり手紙を入れた。
なんだか悪いことをしているような気分で、私は終始きょろきょろしながら、誰にも見つからないように学校を出た。
家に帰っても私の気持ちは落ち着かなかった。この時ようやく私は手紙を見直さなかったことを後悔した。でも、今さらどうにもできない。消えてしまいたくなるような気持ちが募り、私は泣いた。佐藤くんに謝りたかった。あんなものを渡されて、きっと彼は困惑していると思った。
またその次の日、私は一日中暗い気分で過ごした。学校に行くのが億劫でしかたがなかった。でも佐藤くんはふだんと変わらないように見えたので、私は少しほっとした。
佐藤くんは、もう私の手紙を読んだのだろうか。読んだとしたら、彼は、どう感じたのだろう。私のことを、どんな風に考えているのだろう。
いろいろな思いを巡らせようとしたが、私には暗い考えにしか行き着くことができなかった。
その日の夜、佐藤くんは私の家に謝罪とお礼を言いにきた。
ありふれた佐藤くんには、やっぱり他に好きな人がいたのだ。
ごめん、他に、好きな人がいるんだ。
なんて、借りもののような言葉を私に言って頭を下げる佐藤くんを見ていると、私は胸がいっぱいになって、張り裂けてしまいそうだった。
私が精一杯書いた手紙は、きっちり読んで、とても嬉しかったと佐藤くんは言った。
また明日、と言って別れた後、自分の部屋に戻り、私はしばらくぼんやりしていた。ベッドの上で、ただ天井の一点を見つめて、私はただ佐藤くんのことだけを考えた。
涙が頬を伝って枕を濡らした。布団を頭から被って、必死で声を押し殺した。
もう二度とこんなに悲しい思いはしたくないと思った。
でも、それからしばらく経った今でも、私は佐藤くんのことを見ている。
六限目の世界史も、彼はぼんやり教室の隅にある時計を見つめているだけだった。
ありふれた佐藤くんは、最近不幸続きなのだそうだ。野球部のチームのベンチから外されてしまっただけでなく、好きな女の子から振られもしたらしい。告白を失敗してしまった佐藤くんは、好きな女の子の前でがっくりと肩を落としてうなだれていたという。私は、佐藤くんを振った朋子からその話を聞いた。
かわいそうな佐藤くん。
でも、私は少しほっとしている。
いつか私はもう一度彼に特別な手紙を書こうと思う。
もしその日まで、彼がありふれたままでいてくれたなら。




