第九話 壊されたセカイ
朝。龍治はいつもの日課であるジョギング(兼見回り)をするために寮を出る。
適当に準備運動をしていると違和感を感じた。
「やっぱり生身の腕のように上手くは動かないな…」
そういいながら眺めるのは一見普通の左腕。
――実際は現代の超科学技術の産物である人工腕であるのだから現代科学は恐るべき高等技術だ――
そんなことを思いながら龍治はジョギングを始めた。
通るのはいつものルート。
走って三十分くらいのところにあるのは池だ。
そしてそこにはやはり彼女がいた。
「おはようございます、龍治さん」
龍治も簡単に挨拶をすると真由希は近づいてきた。
「腕の具合はどうですか…?」
「多少違和感があるような気がするけれど、日常生活を送るのには特に問題はないですよ」
龍治の言葉を聞いて真由希はホッと胸を撫で下ろした。
「その違和感を忘れないでください。
それは細胞と金属が接触して起こる侵食反応です。徐々に内臓器のほうにも違和感が出始めます。
違和感がなくなったところは完全に金属細胞と化してしまったと考えられるのです」
「ええ。何かあったら真由希さんにお伝えしますよ」
龍治が真由希さん、と呼んでいるのはもちろん本人にそのように呼べと言われたからである。
「そうでした、医者が様子を見たいから病院に来てくれと仰っていましたよ」
「わかりました。放課後お伺いしますと伝えてもらえれば…お願いします」
「はい」
真由希は笑みを浮かべた。
協力者である真由希と接触を始めてから一ヶ月がたとうとしていた。
龍治が授業時間を利用しての見回りを終えHRに戻ってくると莉子が楽しそうにクラスメートと談笑している姿が目に入った。
(あの表情を見られるだけでも僕が存在している価値があると言うものだ…)
人知れずひとりごちる龍治。
すると龍治の近くにいた男子生徒が近づいてきた。席が龍治の前にある生徒だった。
「なあ…」
それ以後喋らない男子に対して龍治は尋ねた。
「どうしたんだ?」
龍治がいくら風紀委員の立場を利用して授業を回避しているとはいえどもクラスメートとは仲が悪いわけではない。転校当初とは違い、クラスメートも赤坂の名前などは気にしなくなっていた。
むしろ話題を振られたらきっちり会話を続け、大きなグループの会話にも参加する様子から見ればかなり仲が良いの部類に入るのだろうが。
それだけに男子生徒のだんまりは龍治に緊張感を与えた。
すると男子生徒が呟いた。
「腕、大変そうだな?」
「お前は!?」
龍治がそれ以上言葉を発する前に次の授業の開始を知らせるチャイムがなり始めた。
龍治は次の授業も回避した。
「あいつは確か僕が転校してきたときからいたよな…」
授業時間中。龍治は中庭のベンチに座っていた。
「だとすると、始めから見張られていた?」
「確か彼女の話によれば俺を襲撃した犯人の顔は見られなかったと言っていたな…」
思考は更に沈む。
「奴が襲撃犯なのか…いや、それにしては奴にはそんな能力があるようには思えないんだがな…」
そこまで言って龍治は気が付いた。
「莉子に言っておきながら自分も守りきれていないじゃないか…」
そう、口調である。
二人の口調は入学が決まってから実際に入学するまでの間の一ヶ月で叩き込まれたものである。
龍治の場合は早紀に対する慇懃無礼な態度を修正すると言う意味合いもあったのだが。
兎に角、二人は無事に面を隠しつつ学園生活を送ることに成功している。
莉子が知っているのは龍治の早紀に対する慇懃無礼な態度。
しかし、龍治が同年代のいわゆる高校生たちのような口調で話さないわけではないことは知らない。
それは龍治が早紀と出会う前の、まだ普通の子供としていられた時の事だから。
結局男子生徒の正体が見抜けずしばらくボーっとしていた龍治の耳に授業終了と同時に放課後であることを知らせるチャイムの音が聴こえた。
龍治は立ち上がって体の筋を伸ばした後携帯を取り出してメールを打ち始めた。
宛先は莉子。病院に行く旨を早紀に呼ばれたという別件で隠蔽する。
実際のところ莉子に対して嘘をつくのは龍治にとっては苦痛以外何も得られないというデメリットの宝箱であるのだが背に腹は代えられないのである。
それらを上手くまとめて送信した後校門のほうへと向かった。
正確に言えば向かおうとした、と言うのが正しいのだが。
龍治が一歩踏み出した途端辺り一面に爆音が響き渡った。
というよりも、響き続けているというのが実情でありひっきりなしに周辺のゴミ箱や自動販売機、さっきまで座っていたベンチまでもが音と共に吹き飛んでいく。
龍治は悪い予感がして、校門に背を向け一目散に校舎へと向かった。
結果から言えば悪い予感はラスベガスのスロットで777が連続で三回出そうなくらいの大当たりだった。
校舎は既に原形を留めていない。
この敷地内には龍治がいたほうではないもう一つの中庭の周囲四方向に校舎が建っていた。
ところが今は中庭は何にも囲まれていなかった。
校舎だけではなく銅像や草木にさえも。
よく見渡してみると数人の生徒が倒れている。
一人一人慎重に、且つ迅速に容態を確かめていく。
全員が重軽傷で済んでいるのは始めから計算されていたのかそうでは無いのか。
時間帯が放課後であったために校舎内には極少数の教員を除けば人はほぼ皆無だ。
龍治を教室で待っていたかもしれない莉子を除けば。
教室の残骸が散らばっている辺りまで向かうと、携帯電話があった。
ふたは閉じられておらず、メールを開いたままの状態で携帯電話は落ちていた。
龍治はそれが莉子のものであることは見てすぐに理解した。
落ちている携帯電話を拾おうとしたとき龍治の携帯電話が鳴った。
メールだった。
開く。
相手は知らないメールアドレス。
書かれていたのはたった一行。
付いてきたのは一枚の画像。
そこにあったのは目隠しと猿轡を噛まされ後ろ手に縛られている莉子の写真と、「彼女は預かった」というありがちな文章。
それらは全て莉子が誘拐されたことの証明であった。
ほいほ~い。クライマックスはもうすぐです。…早いですね。
以前紹介した別小説ですが、未だに構成中です。
ファンタジーは難しいね。




