第四話 動き出した「日常」
兄妹が案内されたのは二学年の教室だ。
年齢にほとんどばらつきは無いが、入学して二年目の生徒は自動的に二学年になる。
したがって、兄妹が入学ではなく編入であることは分かる。
驚くべきことに、担任と呼ばれる立場の人間は学園長・栖鳳緑子であった。
教室のドアの前で待機するように言われた二人は呼ばれるまで待っていた。
「龍治君、莉子さん。入っていらっしゃい」
ドアを開けて入る二人。教室内の人間からの視線が刺さる。
普通の学校であれば容姿を見たりしてはしゃぐ女子学生がいてもおかしくないようだが、ここはお金持ちの子供たちが通う学校。さすがにそのような光景は見られなかった。
「自己紹介をお願い」
担任の指示に従い前に立つ二人。
「赤坂龍治、と言います。皆さんよろしくお願いします」
「赤坂莉子です。どうぞよろしくお願いいたします」
名前を聞いた生徒たちに動揺が広がった。
各生徒たちは皆持っていた携帯電話などのデバイスを用いて検索をしていく。
そんな中、一人の生徒が席を立って声を上げた。
「先生、そのお二方はあの赤坂の方ですか?」
緑子は少し躊躇いがちながらも答えた。
「ええ、そうよ。二人は日本屈指の名門家、赤坂の子達よ。
でも、ここでは一人の学生。皆仲良く頼むわね」
その返事を聞いた後の微妙な視線の変化に龍治は気付いた。
言葉に出さない程度の知的好奇心を感じさせる浮いた視線から、自らを隅々まで見通そうとする粘つく視線へと。中には鋭く尖った殺気のようなものも感じさせる。
視線の理由に思い当たる節はなかったが、編入生だからだろう、そう解釈することにしたのであった。
一通り紹介を終えた緑子が兄妹に席に着くように指示した後、生徒たちのほうを向いた。
「龍治君には、風紀委員の仕事をお願いしているから。
誰か風紀委員について説明してあげてね」
そうして、二人の学園生活は幕を開けた。
龍治の隣の女子生徒が簡単に風紀委員について説明した。
終始龍治と目線をあわせることはしなかったが。
一限目の授業を終えた後、龍治は風紀委員の特権を使って授業中の見回りを開始した。
外は今朝の段階で把握していた(実際にはそこまで確かめてはいない)が校舎内の確認をする必要があったからである。
最初に立ち寄ったのは学園長室である。
室内には緑子がいた。
「あら龍治君。早速特権を使ってるのね」
「一般教養の単位はすでに取ってありますので」
「護身術に出てみたら?楽しいわよ。
もっとも、龍治君には必要なさそうだけどね」
ニヤリと笑みを浮かべ龍治の体つきを見ながら緑子が言った。
「そうでもないですよ。徒手空拳はやったことがありません」
「そう、銃器のほうだったの。残念ながら校内には持込禁止よ」
「では、拾得した物を使うのはよろしいのですね?」
その後もしばらく雑談を続けた後龍治は退出しようとした。
「余計な藪は突かないほうがいいわよ?」
龍治の背中に声がかけられる。
「突いてはいませんよ。ただ、降りかかりそうな火の粉は払わないといけないでしょう」
あらかじめ用意されていたかのような返事を返し龍治は部屋を後にした。
一方、授業に勤しんでいた莉子は退屈だった。
(何でお兄ちゃんだけ授業受けなくてもいいのよ~。ずるいじゃない)
周りに気付かれないように不満を呟く莉子。
「そもそも何でこんな学園なんかに…」
以前莉子は一度だけ疑問をぶつけたことがある。その時龍治は誤魔化すような苦笑を浮かべて結局質問には答えなかった。
そして兄妹の叔母である早紀の存在。前に通っていた普通の学校の時には全くと言っていいほど連絡なんてしてはこなかったのに今になって連絡が増えた。
たまたま莉子が電話を取ったときに同様の疑問をぶつけたことがある。
そのときの早紀との会話は今でも莉子の脳内で再生が可能であった。
「何故ですって?それが貴女の兄、龍治の願いであるからよ」
それ以外にも色々言われたが、その時の話し方から内容からの影響で莉子は早紀を苦手としていた。
思考の渦に呑み込まれていた莉子は授業をしている教師の声で意識を前に向けた。
「早く戻ってきてよ、お兄ちゃん…」
そうぼやきながら莉子は授業を受けるのだった。
龍治は校門の前を散策していた。
建前は勿論見回りである。
門の前に立っていた警備員と挨拶を交わし外壁に沿って歩く。
すると、前から男がやってきた。
今朝方龍治が走っていたときにすれ違った男だ。
(確か虎を連れていた男だったか…?)
男は龍治に会釈をして近づいて来た。
「こんにちは。こちらの生徒さんですか?」
突然ぶつけられた普通の質問に龍治は咄嗟に答えられなかった。
キョトンとした龍治を見て男が胸ポケットから何かを出した。
「ああ、私こういうものです」
名刺に書かれていたのは、栖鳳民間武装軍事組織というものだった。
SPAMとは栖鳳家が家を護るために設立した組織であると言う話を龍治は聞いていた。だから別段怪しむことは無かった。次の言葉を聞くまでは。
「赤坂莉子さん、と言う方を探しているのですがご存知ですか?」
第四話です。
ようやく学園生活が始まりました・・・。
まだまだ続きます、多分。




