第十三話 唯一の知り合い
前話で急展開過ぎるなとも思ったのですが…なったものは仕方がない…という投げやりな状態でもありません、予定調和です。
ドイツ近海。
十八年前に突如勃発した世界大戦の影響で今も北海は軍艦が往来をしている。
民間漁船の漁師たちは早朝漁はせず、日が地平線から完全に出たら漁に出かけ、日が沈む前に拠点港に戻るという不便な生活をしていた。
勿論それらのおかげもあって龍治たちは誰にも見つからずにここまでやってきたわけであるが。
途中幾つかの給油拠点で補給しながらおよそ一ヶ月ほど洋上にいたことになる。
「お兄ちゃん!探照灯の光が近いよ!」
莉子が船の操縦をしている龍治に対して叫ぶ。
「わかった」
叫びにも全く動揺せず龍治は淡々と船を操縦する。
そして予定していた接岸予定ポイントに到着する。
そして龍治は脱出する前にあらかじめ詰め込んでおいた荷物を持ち、莉子は着の身着のままで海に躍り出た。
陸地まで泳いでいく二人。
黙々と、周囲に聞こえるのは水を切る音だけである。
龍治と莉子はこの一ヶ月ほど会話をしていなかった。
先ほどのような必要会話以外は。
莉子の方は何を聞いていいのやら纏まらず、龍治の方も何から説明するべきなのか悩んでいたからであって決して険悪になったとかそういうわけではないのだが。
一足早く陸地に上がった龍治に追随する形で陸に這い上がった莉子。
「キールの方から上がらなくて正解だったな…」
ドイツのキール軍港と言えば有名な軍港である。
さすがにその方面から上陸するのは警戒面から考えても有効手ではない。
そう考えた龍治はユトランド半島を挟んで西側から上陸することにしたのだった。
「お兄ちゃん、ここって…?」
莉子が疑問に、しかしどこか確認の意志をこめて龍治に尋ねた。
「そうだ。ここはハロルド爺さんの家の近くだ」
「お爺ちゃんの?」
海岸線沿いを二人は歩いていた。夜ということもあって人通りはなく周りには畑とその持ち主であろう農夫の家が点々とある。
「お爺ちゃんって、私たちが二年前まで一緒にいたお爺ちゃんだよね?」
莉子の質問に肯定の意を返しつつ歩く。
歩く。
黙々と。
ただ一心に。
ずっと手を繋いで二人は歩いていく。
しばらく歩くと龍治にとっても莉子にとっても見覚えのある家が見えた。
明かりが灯っている。
やがて玄関にたどり着いた二人は呼び鈴を鳴らす。
中から出てきたのは二人が良く知る人物。
「リュウ?リコ?どうしたんだいこんな時間に?」
好々爺のハロルドだった。
中に入り応接間に通された。
簡単に事情を説明すること二十分。
ハロルドはうーむと唸って考え込んでしまった。
「ねえお兄ちゃん…」
ハロルドに聞こえないように小声で呼ぶ莉子。
「ここに来たらお爺ちゃんにも迷惑掛かっちゃうんじゃない?」
それは龍治も承知していた。
だがそれ以外に取れる手段がなかったのだ。
かつて父親が死んだとき遺品整理の段階で見つけた電話帳。
そこの一番上にあったのがハロルドの名前と住所。
そこでの発見が自分たちに大きな転機をもたらしたことも分かっていたから。
更に唸ること五分ほどでハロルドは還ってきた。
「まあ今日のところはシャワーを貸してあげるから浴びてお休み?
着替えは持っているんだろう」
龍治が首肯しその場はお開きとなった。
莉子が先に入ることになった。
龍治とハロルドは向かい合っていた。
「お前さんは今後どうするのかね?」
「そうですね…恐らく叔母も追ってはこないと思います」
ハロルドの目の奥が光った、と龍治は感じた。
「どうしてそう思うのかね?」
一拍置いて龍治は話し始めた。
「契約の件についてはお話しましたよね。
契約が切れるのが莉子が十八歳になったときです」
ふむ、とハロルドは考え込んだ。
「しかし、サキの目的はお前さんを赤坂の当主にすることではないのかの?」
龍治は否定した。
「あの時の叔母は間違いなくこちらを殺そうとしていました。
あれだけ叔母が内面で怒り狂っているのを見るのは初めてでしたので焦りましたが」
「それこそがプラフではないのかね?」
「プラフ?」
「ハッタリということじゃ」
「………………ないですね。恐らくですが」
「なら良いのじゃがのう」
龍治が何かを言おうとしたとき、莉子が風呂に入れと呼ぶ声が聞こえた。
そうして、今度こそ場はお開きとなったのだった。